第77話 別世界への扉
由衣は父親の嘉雄の言葉を思い出していた。
(必死の一念は、相手の心を動かせる)
修平をこのまま、ここに埋もらせてはいけない。
それは自分のせいなのだから・・と思うし、
修平を愛してしまったから・・と由衣は思う。
『ねえ、世の中には3種類の人間に分かれるのよ。』
『・・・』
『上と並みとザコよ。並みとザコで大半は占められるけど・・
上は一握りの人間だわ。あなたは上の部分に入れる人よ。』
(もちろん、私といればの話よ・・真央じゃ、並みの人生だけど)
修平は、苦笑い。
『なに、それ、寿司屋かなんかの話?』
『違う、あなたは、上に行ける人だって言ってるの。』
『・・・・。』
『このまま埋もれちゃダメよ。』
修平は何か心動かされたかのようだった。
そう、修平は父親の嘉雄の元に出入りする男達と似ている。
上昇志向で、野心がある。並みの人生で満足しない人種だ。
ピアニストとしても、抜きんでようと努力してきたはずの
修平は、きっとその道を選択するに違いないと確信する。
『もうすぐ秋になれば、父が仕事の関係で、こちらの方に来るわ。
その時、会ってくれる?父にあなたのこと頼んでみるわ。』
『・・・それはいいけど、それより・・』
『それより、なに?』
『君のお父さん、なにしてる人?ひょっとして、こっち系の人?』
修平は、右手の人差し指で頬を縦になぞる。
『ヤクザかってこと?』
『ごめん、冗談。』
『・・・それに近いかも』
『ええ???』
修平は、目を丸くして驚くふりをする。
ただ、由衣の話を信じたわけでない。心底では、まだ迷っていた。
しかし、もし、由衣の誘いを受け入れたら
もう真央の元には戻れないくらいは、予想がつく。
(でも、真央の所に戻るには、時間が経ちすぎた・・)
もう遅い・・と思う反面、しかし、まだ間に合う?との思いに、
修平の心はゆれていた。
由衣は少し前、修平によく似た初恋の相手の消息を調べさせた。
由衣をフリ、
中学生の時に転校した彼は、その後の人生は芳しくない。
交際相手を妊娠させて、高校中退。
両親は離婚し、頼る身内もなく、
幼い妻と幼い子供を抱え、生活も困窮しているらしい。
(バカね、私をふったりするからよ)
由衣は心底そう思った。
それに比べ、利にさとい修平は必ず自分を選ぶだろう。
(真央、ごめんね、修平さんは、私がいただくわ)
そんな二人の思いとは別に、
別世界への扉が、修平の前に開かれようとしていた。