第76話 だんだん、あなたが近くなる?
最近、修平はよく思う。
(なんで、この女がここにいるのだろう・・?)と。
鮫島由衣は、修平の母親の葉子の隣で、夕飯を一緒に食べていた。
夏が終わりかける頃、由衣はすっかり修平の日常に浸食していたのだ。
最初はコンビニの店員で、修平のバスの乗り降りを送り迎えしてた。
それから、
いつの間にか、母親の葉子の主催する料理教室の生徒になっていた。
葉子の講義を一番前の席で熱心に聞き、一番の優秀な生徒になっていく。
そのうち葉子の助手をするようになった。
よく気が付き、愛想のよい由衣は教室でも評判がいい。
でも修平の事故の加害者である由衣を、初めから葉子が受け入れたわけはない。
しかしそれを承知で、何を言われても頭を下げて詫びる由衣。
健気に黙々と働く姿を見ていると、
元は気のいい田舎のオバサンの葉子は心を許してしまう。
(修平に償う為に、こんな所にまで来て・・)と思ってしまうのだ。
それからいつの間にか、由衣は修平の同級生の理学療養士の山本光雄とも
親しくなり、彼の妹ともよく遊びに行くらしい。
なので、当然地域のイベントである夏祭りにも一緒に行く仲間になっていた。
祭りの当日、由衣は清楚な浴衣を着て、楽しそうに修平と並んで歩いていた。
由衣は色が白く、いつも束ねてる髪を結い上げていたが、
そのうなじがとても華奢で色っぽい。
由衣もそれを承知しており、ことさら強調する様子だった。
修平は、由衣に男としての欲望を感じるのを意識しながらも、
(ここで、もし・・・手を出してしまったら、オレ一生真央に会えない)と思う。
もうすっかり疎遠になってしまった真央だが、修平は忘れてはいなかった。
あと少し、指先が動くようになったら電話をするつもりだった。
(でも、まだ先の事がわからないのに連絡は出来ない・・)と日々迷っている。
葉子は公務員をすすめるので、
図書館で受験対策の本を読んでいたら、由衣がやって来た。
『修平さん、何読んでるの?』
『お袋がね、公務員がいいんじゃないって言うから・・公務員の受験本。』
由衣はそれを聞いて、修平の広げた本を閉じさせる。
修平はびっくりして、顔を上げた。
『修平さん、うちの父の所で働かない?』
『え?君のお父さんの所?』
『・・あなたは、普通の人生じゃ納まらない人よ。』
『・・・・』
『あなたの人生台無しにした分、私が一生償うわ。』
『・・・』
由衣は真剣だった。