第75話 至上の幸福とハイリスク
『あなたの気持ちは嬉しいわ。だけど…、』
『だけど、なに?』
(私には、18歳の娘がいるのよ?しかも、真央はあなたが好きなのよ。)
目をむいて、
涼子は拳を握るような気持ちでそう言いたいのに、言えない。
『私には年頃の娘がいるのよ。』
『知ってるさ。それ、何が問題?』
『…ただ難しい年だから、心配なの。』
(あなたが、真央の方を好きにならないか?とね。)
以前、結婚直前までいった藤本が、真央に心変わりしたことは、
今もトラウマだ。
もちろん、そんな事は言えない。
『それはそうだね・・。でも、なんとか理解してもらうよう、
オレ、努力するよ。』
『・・・・・』
至福の幸福には、このうえないリスクがつきものだ。
断る理由はないのに、もどかしいことこの上ない。
人目がなければ、今すぐ夕貴に抱きつきたいくらい嬉しいのに・・。
言葉がでない・・・。
『最近、よく思い出すんだ。』
気まずいムードに、不意に話題をかけるように話す夕貴。
『何を?』(あなた、記憶喪失なのに?)
『涼子さんと初めて会った夜のこと・・オレ、たぶん一目惚れだったと思う。』
『・・・私もよ。きっと。』(今思うと・・・)
あの日、取材の申し込みをしていて、店にはいると夕貴だけ輝いて見えたのを
思い出す。
見かけはソフトで、
熱帯魚のように頼りなげに見えるのに、言葉が力強く、頼もしくて、
好ましく思えた。
取材後、すっかり意気投合して、緊張がほぐれた涼子は
いつもより飲んでしまったのだ。
そして、夕貴が家まで送ってくれた。そうとは知らない真央。
お風呂上がりバスタオルをまいて出てきた。
『涼子さんの家まで送って行ったら、可愛い女の子が出てきたよね。』
『そうそう、それ、娘よ。』
(その日、親子で、あなたに恋しちゃったってことね。)
『それから、居間にさ、カッコいい本棚があった。渋い全集とかあってさ・・』
『・・・あれ、父のコレクション。今じゃやっかいものよ。』
『ええ~??勿体ない。あんな貴重なコレクション、絶対捨てたらダメだよ。
オレの憧れの場所なんだから。』
『・・・??』
『あの本棚のある家に住みたいって・・思った。』
(・・・それ、かなりハイリスク!!)
どうやら夕貴は、涼子の父親のコレクションの蔵書に興味があるらしい。
それで、涼子の家に住みたいと語る。
いつもクールなのに、無邪気に言う夕貴。
『あなたの話を聞いてると、渋い蔵書の本棚のある家に住んでる私が
好きって聞こえるわ・・』と苦笑する涼子。
(でも、やはり、それ、かなりハイリスクよね)
1人、額に汗する涼子だった。