第72話 ほどける心
逃げるようにして、実家に戻ってきた修平。
心身ともに傷ついた息子を、母親の葉子を始め家族は温かく迎えた。
愛する息子が戻ってきたので、ホッとしたのか、
たまに葉子は思いだしたように言う。
『あなたのガールフレンドやお友達に、随分ひどいこと言ったわよね。』
『お袋のせいじゃない。オレの事を思ってのことだから気にするな。』
普段優しい母親に、イヤな役をさせてしまい、修平は葉子に済まないと思う。
その母のためにも、早く社会復帰せねば・・と誓うのだ。
リハビリに通う病院で、偶然にも担当してくれた理学療養士は同級生の
山本光雄だった。
『久しぶりだな~、修平。どうした?』
『ああ、交通事故で手をやられてさ・・・。』
『そうかあ。お前、手が命なのに、辛かったろう?まあ、一緒にがんばろう。』
『ありがとう。光雄。』
都会では頑なだった修平も、この町では素直にいられるのが本人も
不思議だった。
修平がピアニストとして活躍していたことは、同級生は皆知ってる。
それが、事故でその道を断念せざるを得ない事も皆知っていた。
志半ばでリタイアした友人を、皆で励まし、いたわりたいと思っていた。
『それに、お前のオヤジさんのおかげで、この病院も一時は閉鎖の危機だったのが、
なんとか継続できそうなんだもん。お礼しなくちゃね。』
『・・・そうか。』
『次は市長さんになるんじゃないかって、もっぱらの噂だぜ。』
修平の父親は、市会議員に当選してから、活躍してると評判なのだ。
その手腕で、医師不足など経営難で貧窮していた病院を救うのに成功したという。
(親父、がんばってるんだ・・・オレもがんばらなきゃ・・)
家では温厚な父親でしかないが、昔から
世話好きで、地域に献身的に貢献する父親が好きだった。
生まれ育った町を、誰よりも愛していた父親を誇らしく思う。
そうして心がほどけてきた修平。
でも、真央にはまだ連絡できないでいたのだ。
(会いたいのに・・今でも好きなのに・・どうしてなんだ。)
(でも・・ピアニストを断念した自分、次に何をするかも決まっていない自分に
会う資格があるのか?)
そう思い悶々とするしかなかった。
そんなある日、いつものようにリハビリの帰り道、
病院の前のコンビニに寄った。
『いらっしゃいませ。』
その声にハッとした修平。
『君・・・。』
微笑む鮫島由衣がレジにいた。