第68話 天国の終焉
それから、また春が来て、高校3年になった真央。
波留も文弥もまた同じクラスだった。
その高校3年の一年間、真央は充実していた。
修平に恋をして、愛し合う喜びも知る。
そして鮫島由衣が卒業した後、美術部の副部長になって油絵の制作にも
熱中していた。
高校生活、公私ともに最高の一年だったように思う。
でも、美大の入試の時に、風邪を引いて欠席してしまう。
波留と約束した看護学校の入試には二人とも合格していたが、
それは真央にとっては滑り止めにしか過ぎず、次の美大入試にかけていた。
だがその試験の当日の朝、駅に向かう途中に携帯電話のベルが鳴る。
電話は波留からだった。
『もしもし、真央、大変!!』
『どうしたの?私、今から試験なんだけど・・・。』
『菊ちゃんが事故にあったんだって!今病院に運ばれていったらしいよ。』
『エエッ!???』
『私もパパと今から病院に行くから、また連絡する!』
波留のあわてふためきがリアルだった。
(修平さんが事故??そんな、つい2日前に会ったのに・・)
優しい修平の笑顔が浮かんだ。愛し合って別れたばかり。
(試験がんばれよ)
そう言って励ましてくれてたのに・・・
もう何も考えられず、急いで休みで家にいる涼子に電話をかけた。
涼子は泣きじゃくって電話をかけてきた真央を迎えに車で走り、
病院に駆けつけてくれたのだ。
病院の廊下では、波留と父親の山野が沈痛な面もち。
真央の姿を見つけると、波留は手を振った。
修平は手術中のようだ。真央は心細くて泣きたくなるが
涼子がそばにいてくれて、ありがたかった。
『修平さん、どうなの?』
『・・・・命はどうにか助かったんだけど・・でも・・』
『でも・・?』
『ピアニストとして大事な手が・・手の損傷がひどいんだって・・』
父親の山野はうつむいて涙ぐんでる風だった。
愛弟子の不幸にどうしたらいいか途方に暮れている。
昨夜、仕事から帰宅途中の修平。
夜半の雪が凍結して、すべった車にまともに衝突されたらしい。
そのまま後につづいた車とはさまれた修平。
相手は運転初心者だったようだ。
『菊ちゃん、可愛そう・・・。』
波留はうなだれて涙を流している。
真央はただ呆然として、悪い夢を見ている気がするのだった。
長い手術が終わり、出てきた修平。
その痛々しい姿に
真央はいつまでも泣くしかなかった。




