第66話 忍び寄る影
『真央、今度はピアノを弾く男?素敵じゃない。』
美術部の部長の鮫島由衣が声をかける。
その頃、真央は修平の絵を描いていた。
ピアノを弾く横顔が好きだったから、修平の誕生日に贈る為だった。
『この人、文化祭の時に来た人ね。真央の彼?』
真央は頬を赤らめながら頷く。
『いいなあ~、羨ましい。私の初恋の人もピアノを弾くのが趣味だったの。
だから、何か憧れちゃうのよね。』
鮫島由衣の初恋の相手は小学校4年の時の転校生。
ピアノを弾く涼しい顔をした少年だった。
由衣は好意を寄せていたが、その彼は由衣の友達を好きで片思いだった。
しかしその彼は、中学生の時に、転勤族の父の都合でまた転校していく。
淡い思い出だったのだ。
その面影に修平が似ていたので、一目見て心が騒いだ。
(だけど、後輩の彼氏・・)
可愛がっている後輩の彼、諦めるしかない。そう思っていた由衣。
鮫島由衣は実は1年留年していた。
表向きは病気療養のためとなっていたが、
中学3年の頃シンナーに走り、地方で治療を受けていた過去がある。
有力者である父親が手を回し、表向きにはなっていないが、
夜な夜な繁華街で遊び回っていた時期もあった。
リストカットも経験していた。
双葉に高校から編入してきた優衣の過去は誰も知らない。
父親を疎ましく思いながらも、結局その力でいつも守られてきた自分に
嫌悪感を抱きながらも生きてきたと思っている。
だから絵を描いているときだけが、生きてる実感がある・・
それから絵を描くことに没頭してきた。
シンナーも、行きずりの男達との情事も、リストカットもやめる事が出来たのだ。
今はすっかり更正した様子の由衣。
度々コンクールでも賞を受賞し、美大受験も目指している。
真央が美術部に入部したのも、由衣に憧れてのことだ。
表面穏やかな顔をしてるが、その心の奥底に激しい物をひめていた由衣。
そんな素顔を、その頃の真央も誰も何も知らなかった。
修平はその頃、もうすでに波留の父親の楽団で活動していたので
多忙を極める。大学にも通い、レッスンもこなし、
卒業も控え、真央に会う時間もままならぬ状況だったが、
会えない時間も、修平を思い、絵を描いていれば幸せだった真央。
でもその幸せは長くは続かなかった。