第61話 あふれる思い
『修平さん、怒らないで聞いてくれる?』
初めてにしては、長いキスの後、真央は修平に聞いた。
まだ会って間がないのに、ごく自然に抱き合った気がする。
『なに?』
『波留に聞いたけど、波留のパパの愛人だって本当?』
『・・そんな変な奴とはおつき合い出来ませんってこと?』
『・・・そんなつもりじゃないけど・・怒った?』
『全然。そんな風に言われてるのは知ってる。ただ・・』
『ただ?』
『半分はやっかみだ。先生がオレを可愛がってくれるのを
妬いてるんだ。』
波留の父親の山野は優れた音楽家であると共に、コンクールの審査員の常連で
新しい才能を見いだすと、公私ともに面倒を見て、世に出すのを
信条としているような人物。
彼に見いだされて音楽家として名をなしている者はたくさんいる。
しかし世の常で、才能を持つ者を妬む輩はその数十倍いるのだ。
修平も最初はよくいじめられたのだ。
『お前が今度のお小姓か?』とあからさまに言われることもある。
ただ山野に才能を見限られ、捨てられたと思いこんだ弟子のうちの何人かが
セクハラを受けたと吹聴したり、
波留に乱暴を働いたとして半殺しにされ、手を焼かれたと言う噂もあった。
『先生は純粋に才能ある者を育成することに生き甲斐を感じてるような人だ。オレは尊敬してる。』
『じゃあ、波留のママにも愛人がいるのは本当?』
『ええ?真央チャン、意外に好奇心旺盛なんだ。』
修平はうすら笑うが、でも目は笑っていない。
『それは本当だ。先生公認の愛人がいる。』
『・・・どうして?』
『・・真央チャン、世の中には、君の知らない事がいっぱいあるのさ。』
(先生の名誉のために、その理由は言えないよ)
修平は真央を抱き寄せながらそう思った。
その後、文化祭で展示した真央の油絵は、学生のコンクールに出品され
高校生の部で、銅賞を獲得したので、
祖母の由子と母親の涼子が展示場にやってきた。
『最近、真央、好きな人が出来たみたい。』と由子。
涼子と二人で出かけるのは久々なのだ。
『へえ~どんな人。』
『音大の学生さんだって。この間、うちに来て、ご飯食べて行った。
きれいな食べ方をして、感じのいい子よ。ただ、』
『ただ・・?』
『何気に真央の部屋をのぞいたら、二人で抱き合ってキスしてたからびっくりした。』
(あ~ら、私も自分の部屋で、いっぱい悪い事したわよ)
涼子は由子と楽しげに話していたのに、真央の油絵の前で言葉を失った。
(このモデルは夕ちゃんなのね・・真央、あなた
まだ夕ちゃんを思ってるのね・・)
真央の思いがあふれた絵の前で、立ちすくんでしまう涼子だった。