第60話 忘れられない人
『波瑠〜』
真央と暗闇に消えたはずの文弥は15分もせずに戻ってきた。
波留はそのわけを知っていながら驚いたフリをする。
『どうしたの?文弥!』
『真央がいなくなった!!』
『ええ~??どのあたりで?』
『ああ、前の奴が幽霊に足をつかまれて、こけたもんだから、オレびっくりしたんや。
そして、うっかり手を離してしまったら、真央おれへんねん~ッ??』
『ええ~??拉致されちゃったってこと??』
『ああ、でも幽霊役はクラスの奴やろ??慌てて幕めくっても誰もおれへんねん。』
途方に暮れたような文弥。可愛そうなくらいうろたえている。
(ゴメン~、文弥、悪いけど、あんた、間抜けすぎ。)
意地悪く、笑いたくなるのをこらえながら、波留は哀れな文弥を
慰めてやるのだった。
そして、文弥の憂いを思いながらも
その数分後、真央は修平と美術部の展示会場にいた。
『さっきはびっくりしただろ?』と含み笑いの修平。
『本当、生きた心地しなかった・・・いきなり引っ張り込まれたんだもん。』
『アハハ、同じ登場するなら、面白い方がいいかなって思って・・。
ごめん、ごめん・・文弥君には悪い事したな~。ここにいることは、
波留が文弥君に伝えてくれてると思うけどね・・・。』
修平は何気なくそう言ったが、波留が文弥に伝えるとは思っていない。
真央はその言葉を疑いもせず、信じてる風だった。
その姿が初々しく、久々に会った真央はやはり魅力的だと思う修平。
そして、二人は真央の初作品『本を読む男』の前でとまる。
真央が初めて描いた油絵。
窓際の椅子にゆったりと座り、本をひろげている若い男
髪は長めで、顔はうつぶせ気味。柔らかな日差しに少し眠たげ。
でも語りかけてくるような優しさにあふれた作品だ。
涼子が見れば、夕貴をモデルにしたとすぐ気づくだろう。
『素敵な絵だね・・』
『ありがとう。嬉しい、褒めてくれて。』
『この男の人、真央ちゃんの好きな人?』
『・・・・。』
『そうなんだ、今どうしてるの?』
『・・わからないの。もう3年以上まえから行方不明。』
『はあ、そうなんだ・・・。今でも忘れられないの?』
『・・・・。』
『ハハ・・そうなんだ。羨ましいな~。』
それは本音だった。
修平もその気持ちにとまどう。
そして、車で真央を送る修平。別れ際にささやいた。
『あの人のこと、忘れたくなかったら、無理して忘れることもないよ。
でも、オレのことも見て欲しい。』
『え・・・?』
そこで修平に言葉を遮られた真央。
降り始めた雨が車の窓を叩き、二人の姿を消して行った。