第59話 恋の罠
『菊ちゃん、ありがとう。』
波留はピアノのレッスンに来た修平が部屋に入るなり
抱きついてきた。
首に腕をまわし、軽くキスをする。
『菊ちゃんのイラスト、大評判だった。私も鼻が高い。』
『ああ、昔、少し漫画家のアシスタントしてたからね。あれくらい朝飯前さ。』
修平はさして興味のない風で、波留の前にピアノのレッスンの楽譜を広げる。
『しかし、なんで今更季節はずれのお化け屋敷なの?』
『ああ、理由は簡単。カップルがいちゃつきやすいから・・盛り上がるじゃん?』
『ふ~ん。ずいぶんありきたりだけど?』
『ウフフ・・・文弥なんか真央に抱きつかれたら、もう鼻血もんね。』
『へ~ッ?そんなに好きなの??』
真央の話題になって、目の色が変わる修平を波留は見逃さなかった。
『なのに、かったるいのなんの・・。菊ちゃん、真央をかっさらったらいいのよ。』
『え?どういう事?』
『真央をさらって、やっちまってよ。』
さらっと言う波留に、修平は目を見張る。
『波留、オレに真央チャンをレイプしろってか?』
『・・・そうかも?』
修平を見上げる波留。目が真剣だ。
『波留!』
『やるの?どうなの?』
『失礼な・・オレはそんな野蛮じゃない。将来有望なオレにつまらんこと言うな。
その時は合意の上だ。』
『それはごもっとも、失礼致しました。』
おどける波留、修平は苦笑い。
(真央が、私から離れようとしている。そんなの絶対許さない・・)
その怒りで叩きつけるように、ピアノを弾く波留を見て修平は思う。
(やれやれ、お嬢さんの気まぐれにも困ったもんだ。でも、まあ、いいか。
またあの子に会えるなら・・)
再会はドラマチックに・・・修平は波留の誘いにのったのだ。
そして文化祭当日、
2Bのイベント会場前で、軽やかに呼び込みする波留の姿。
マイクで絶叫が外まで聞こえる。黒山の行列が出来た。
次々とカップルも、女子だけのグループも闇の中に消えていった。
そして何も知らない文弥が、いやがる真央を引きずるようにして
連れてきた。
『なあ、真央、一緒に行こうや。波留も待ってるで。』
『やだ~、私、怖いの苦手。』
『大丈夫、そん時は、オレが手を広げて守ったるやん。』
『やだ~、それもイヤ。』
『?オレじゃあかんてこと?』
『そうじゃないけど・・・ただ恥ずかしいの。』
『じゃ、まだ望みあんねんな・・・よかった。』
波留が冷ややかに見つめるのも知らず、
文弥は、真央の手を握りしめて、闇に消えていった。