第55話 ミツバチの休日
可憐な花の真央をねらうミツバチの1人、
菊池修平は夏休みに帰省していた。
彼の実家は信州。
父親は村役場の公務員。実直な人柄で人望も厚い。
この度地元の市会議員に立候補することになった。
選挙資金は、山を一つを売って作るらしい。
『修平、お前も帰って来て、盆踊りを手伝ってくれ。
お前が来たら、若いもんの受けもいいからな。』
そんな父の命令も、イヤな顔をせず修平は応じる。
威勢よく祭りの太鼓だって叩いちゃうのだ。
普段の修平は、どちらかというとチャラ男に見られがちだが、
寝たきりの祖母の面倒もみる孝行息子だった。
その彼の音楽の才能に目をつけて英才教育を受けさせたのは
母親の葉子。
いい先生がいると聞けば、息子を市街の遠方まで連れて行く。
何の変化もない淡々とした田舎の毎日、見栄えもよく才能のある
息子が彼女の自慢で夢だった。
なので音大に行くのも、彼女の後押しがあってのことだ。
夫が選挙に出るので、夫婦で挨拶回りに余念無く、
日に日に化粧も濃くなる葉子のかわりに、
休みの間修平は祖母の世話をしていた。
昼寝をする祖母を横目に、縁側で西瓜を食べる。
のんびり流れる雲、青い空を見上げた。
そんな時、
修平は、東京での生活が幻のように思うことがあった。
(あの場所で、もう1人の自分がいるような気がする)
修平は都会で暮らせば、また別の人格が存在するような気がするのだ。
個人レッスンに行けば、生徒の母親達からは誘うような目で
見られるし、中にはスポンサーになると言うマダムだっている。
師事してる山野は業界にも人脈が広く、彼のお気に入りとなれば、
音楽留学も、ピアニストとしての将来も約束されてると言ってよい。
誰も、修平が寝たきりの祖母の面倒までみる
純朴な田舎の好青年なんて思わないだろう。
帰省の前、山野の娘の波留が、修平に言った。
『私、一回菊ちゃんの家に行ってみたいわ。』
『ゴメン。嫁になる女以外は連れて行かない事にしてるの。』
『え?私はその想定外なの?』
『あ~、一応そうみたい。悪く思わないで。』
『ゲ~最低!!』
大好きな祖母や家族だけど、自分のイメージを損なうのはイヤだと
思ってしまう自分に嫌悪感を抱くが、
『菊ちゃん、すご~い!!お祖母さんのお世話までするのォ?
私、感動する~。』
なんて波留が言いかねないのが癪に障る。
(そんな、純朴好青年なんてこの俺に似合わない。)と修平は尚も思う。
『あ~ん、修平、今日は挨拶回りでクタクタ~ッ。足がゾウみたいよ。』
久々に帰省した息子に、甘えるような母葉子の声が聞こえてきた。