第51話 秘密の上海
涼子が、2泊3日の休みがとれたのは夏の初めの頃。
夕貴と一緒に、上海に飛んだ。
由子と真央には、取材で行くと伝えていたのだ。
男とそれも夕貴と旅行に行くのだとは言えなかった。
夕貴のパスポートもどうにか取れて一安心だった。
でも、飛行機で日本を離れれば後はどうにでもなる。
そう思うと、疲れがどっと押し寄せてきて、涼子はうたた寝を
していたらしい。
夕貴の肩にもたれて、夢を見ていた。
夢の中で、真央が泣いていた。涼子をしきりに責めている。
(どうして、私に何もいってくれなかったの?)
涼子は、うろたえてしまうが、必死に謝っている。
(ごめんなさい、ごめんなさい。ママが悪かった、許して、真央)
真央は首を激しく振る、そして拳をあげて、涼子を攻撃する。
(ママはちっとも私を愛してくれなかった。大嫌いよ。ママなんか大嫌い!!)
(真央、ママを許して、ごめん、ごめんね)
涼子は、額から血を流し、涙を流しながら、必死で謝っている・・・。
『涼子さん、どうしたの?うなされてたよ?』
夕貴の声で目が覚めた涼子。
(また、同じ夢を見てしまった・・)冷や汗が流れる涼子。
最近、よく同じ夢を見る。
夢なのに、拳で打たれたような痛みを感じるのはなぜか?
夕貴との仲が深まるに連れ、甘美な罪悪感にさいなまれる。
(きっと近い将来、正夢になるのね・・)
『よほど、疲れてるんだね。いつもがんばってるからさ。』
何も知らぬ風に、夕貴は涼子の乱れた前髪をなおしてくれる。
そして機内サービスの甘いオレンジジュースを渡してくれた。
『ありがとう。夕ちゃん。』
(私はこの男を失いたくない。)
ただその一心だった。
空港には、元上司の田中が迎えに来てくれていた。
40代手前に結婚し、夫の仕事の都合で上海に住んでいる。
一人息子の悠斗が一緒だった。すっかり良き母親の様子。
『中村~、久しぶり~!!』
『キャー!!田中先輩~!!』
涼子は、思い切り手を振ってたが、田中の顔を見たら泣けてきた。
以前に上海で失敗し、田中にずいぶん迷惑をかけてしまったのを
思い出す。
『やだ~、何泣いてんのよ。いい年してえ。私まで泣けちゃうよ。』
あまりに大泣きする涼子に、田中も呆れてる。
普段弱みを見せられない編集長の孤独だと思った。
久々の再会に、田中も心底喜んでいる様子だった。一緒にいる夕貴にも
目を細めてる。
『こんないい男と一緒に来るなんて、隅に置けないよ。中村も。』
つもる話は自宅でとばかり・・二人を車に乗せて
田中は、そそくさと空港を後にした。