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ノンカピスコ・ten・LOVE   作者: 天野 涙
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第5話 優しい男

『いつまでも出来る仕事ではないと思ってる。僕も・・・。』

『それは体力的な事?』

『う・・・ん。それもあるけど、今の仕事はステップでしかないから。』

『そう、何かビジョンがあるのね。あなたなりに・・。』

『うん、大それた事、考えてる。』

『え?何よ、何?教えて?』


若い男性を見る涼子の目は、好奇心であふれてる。

仕事柄もあるが、相手に関心があることを示すのが上手い。

大概の相手は聞かれて、悪い気がするわけでもなさそうで、涼子に心を許すのだ。


そして、今までにも、何人もの男を家に連れてきた。

まだ当時20代後半だった涼子は、子供がいても生活感がまるでない。

子猫のような華奢な身体に、品よく流行の服を着こなす。

程良く巻かれた巻き毛も、涼子を女らしく見せた。

真央を妹だと言い張っても、大概の男は騙された振りをしてくれるのだ。


その都度、祖母の由子はイヤな顔をする。

まだ幼い真央に気を遣ってのことだ。

でも涼子本人は、まるで意に介さない風で、楽しげに

男達とつきあっていた。しかし深いつき合いの男性はいなかった。

涼子にとって、仕事が恋人だったのだ。


若い男性は、桜居夕貴。当時22歳。

ホストクラブ『ゴールド』のナンバーワンホストだった。

しなやかな身体、憂いを秘めた瞳、そしてそつのない気配りでのし上がってきた。

いわゆる彼のために散財してくれる信者のような客も多数抱え、

年収も何千万と噂されていたらしい。


北海道出身で、高校卒業と同時に上京。実家は名家だったが、父親が事業に失敗し

多額の借金を背負い没落し、両親は離婚したのだ。


夕貴は就職したが、その会社の倒産の憂き目にあい、アルバイトをしていたときに

スカウトされて、ゴールドで働きだした。


元々の育ちの良さから、貴公子然とした風貌で、女性客にも評判がよかった。

彼がそばに座るだけで、気をひきたいが為に、

高額なシャンパンをおろす客も多かったのだ。


ただ、他のホストのように、単に金儲けに血眼になるタイプではない。

金は追うと逃げるし、夕貴は金に支配はされたくないと思っている。

客の合間を、水槽の中の熱帯魚のように華やかに泳いではいるが、心は

いつもここにあらずの様子だった。

どこか遠くを、いつも見つめている、そんな男だった。


『あなたは、本が好きなのね。』

『わかる?』

『・・わかるわよ。今どき、そんな古くさい本に興味を示す若い子はいないわ。』

『そうかな、すごく面白かったけど・・・俺もこんな本が書けたらと思うよ。』

『へえ〜、夕ちゃん、作家志望なの?ひょっとして・・・。』

『・・・・ウン。将来的にはね。』


涼子は、みそ汁が冷め切ってるのにも気にせず、真央が食べ終わってるのにも

気づかず、夢中になって話している。

真央は仕方なく、立ち上がり、学校に行く用意をした。



『そう、今度ね、今井美帆の受賞パーティーがあるのよ。』

『ええ〜。すごいじゃん。』

『終わった後、あなたの店に連れてくるわ。』

『嬉しいな。涼子さん、お願いします。紹介してください。』


今井美帆は、今注目の新進作家、先日も大手出版社の賞を受賞。

まだ若く、美人と評判だ。涼子は得意満面で、夕貴に胸を張る。


『いいわ、まかせといて。そんなのお安いご用よ。』


でも実際は、今井美帆はかなり気難しいので、当時は一編集者の涼子が

懇意に出来る相手ではなかったが、つい夕貴の前では見栄を張る涼子。


そんな二人を、背に、真央が一人玄関を出ようとしたら、

夕貴が後を追ってきた。


『行ってらっしゃい、ごめんね、君を置き去りにして・・気をつけるんだよ。』


と、真央をいたわってくれる。


(優しい人だ・・・夕貴さん。)


真央は、そんな夕貴を対等に話を話しをする涼子が羨ましかった。

嫉妬すら覚える。


(私も早く、大人になりたい・・・。)


ひたすらそう思う真央だった。


夕貴を思う真央の思いは、その日から始まったが、実際に夕貴と

ふれあったのは、数える程しかない。

数えるほどしかなかったが、その後の人生に、

夕貴の面影は、鮮烈に真央の心に刻まれたのである。

















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