第49話 隠したい彼
その頃涼子は、自分の雑誌に夕貴の連載を始めていた。
最初は正体不明の作者に、コラムとはいえ連載を載せるのには
周りから反対が多かったのだ。
夕貴を今井美帆の小説のモデルだと言えば話題にもなるだろう。
(だけど、そうなったら真央が気付く・・・)
涼子はそれが怖い。
夕貴を正体不明にしておきたかったのは、他でもなく涼子だったのだ。
でも、いざ始まるとすこぶる評判がいい。
繊細で行き届いた文章に、的を得た分析。
女心をくすぐるのも忘れない。
正直、涼子も夕貴にそれだけの仕事が出来ると思わなかった。
まして、記憶のほとんど無くした状態であるのに・・
今井の言うとおり、余計な記憶を無くしたことで、彼の奥底に眠っていた
天性の才能が目覚めたのかもしれないとさえ、涼子も思う。
定期的に通院する他は、夕貴は図書館に通い、
今井の課す宿題のようなテーマに沿って、
短文から長編に至るまでこなしていく。
地方の文学賞にも投稿しはじめてる。充実した様子の夕貴。
そばで見守っている幸せは、何物にも代え難い。
でも、一つ心配なことが・・・涼子は今井に聞いてみる。
『先生、夕ちゃんの生活費は、先生が面倒見ているのですか?』
それを聞いて、今井は電話の向こうで高笑い。
『あなた、夕貴は元ナンバーワンホストよ。腰抜かす程お金貯めてたわ。』
『そうですか・・いらぬ心配でした。安心しました。』
『ついでに言うけど、彼の銀行の暗証番号は、あなたの誕生日だったのよ。』
『へえ~そうなんですか・・・』
『いいこと聞いたと思ってるでしょう?』
『・・多少は。』涼子は苦笑い。
『でもね、ある銀行の貸金庫の鍵が一つ見あたらないみたいよ・・』
『え?鍵???』
涼子は、北海道に行く前に首にかけてくれたペンダントのトップが確か鍵。
(まさか・・・??)
妙に首が重くなるような錯覚に陥る涼子だった。
それから夕貴の記憶を辿るために、思い出の場所に行くようにと
医者が言うらしいが、涼子は二人でモーニングを食べたファミレスと
初めて出会った店くらいしか思い当たらない事に愕然とする。
そのゴールドはすでに、夕貴のいた頃とは別の店のようになってしまったとか。
『あのアサヒの奴のせいで、安っぽい店になってしまったわ』
と今井は憤懣やる方ないようだった。
『ねえ、上海に行ってみない?』
いつものファミレス、
涼子は、目の前でモーニングをほうばる夕貴に言った。
上海にいる先輩の田中に会いたいと思うと同時に、
新しい二人の思い出を作りたいと切に思う涼子だった。