第45話 揺れる思い
『ちょっと、さっきから雰囲気悪いんだけど…。』
『そう?普通じゃない?』
菊ちゃんこと、菊地修平は口を尖らせる。
修平の車の中、波留はすまして助手席に座り、真央と文弥は後部座席に
座っていた。だれも無言。
ピアニストだと言う修平の指先は女性のように美しい。
真央はその指先に見とれていた。
修平はまだ音大生で、数々のコンクールにも入賞する
実力があるらしい。
『また、僕の第一印象悪くするような事吹き込んだんでしょ?』
『…日頃の行いが悪いからよ。』
『そんなこと、波留に言われたくないよなあ。』
修平はうすら笑う。
しかしその目が、ミラー越しに真央をとらえた。
真央はふっと息が止まりそうになった。
それを察したか、文弥は、咳払いする。
勢い、真央の手を握りしめた。
『あのォ、次の交差点で降ろしてもらえませんか?』と素っ頓狂な声を発した。
『え?君のウチ、まだ先でしょ?』と修平。
『いえ・・少し、中村君と買い物して帰ります。なあ、真央、そうしよう。』
うろたえたように真央に目配せする文弥。
ぎゅっと痛いくらい手を握りしめたままだ。
『そう?残念だね。また、次の機会に会おう。』
そう言って、修平は文弥と真央を降ろしてくれた。
車が行き交う交差点、
走り去る車を見送りながら、文弥はポツリと言う。
『オレ、どうも苦手なタイプや。不道徳な奴って・・・。』
『そう?そんなに悪い人に見えなかったけど・・。それより・・。』
『それより、なに?』
『手、痛い。』
文弥はまだ、真央の手を握りしめたままだった。
『あ、ごめん、つい力はいってもうた。でも・・・』
『でも?』
『たまには、いいやん。波留なしで、水入らず・・』
『ええ?やだあ~。』
真央は笑って、手をふりほどくつもりが、文弥は離さない。
顔が真面目だ。
『みんな言うてる。真央は可愛いって。オレもそう思ってるで。』
『ウソ・・ッ。』
『ついでに言うが、たまには、オレの事も見て。
1人の男として・・・なんちゃって』
照れくさいのか、おどけてしまった文弥。
真央は恥ずかしくてうつむいた。
『サッキの二人、青春だよな。』
修平は、思い出したように波留に言う。
『何、おセンチになってんの?』
『まあね、いいなと思っちゃったわけよ。がらにもなく・・この菊ちゃんが。』
『はあ?純な所があるの?』
『ハイハイ、山野親子にもてあそばれて、すっかり不純な菊ちゃんになって
しまいました。』
修平はまたうすら笑い。自嘲気味。
波留はこんな修平は珍しいと思うのだった。