第42話 極秘プロジェクト?
『残念なことに、ここにいるのは夕貴であって、夕貴でないのよ。』
『え?』
『記憶を無くしてるの。』
『ええ?』
『私達の事もきれいさっぱりね。』
『そんな…』
夕貴は静かな湖の底のような澄んだ目をして、
話を聞いている。終始無言。
まるで、言葉すら忘れてしまったかのように。
北海道に帰省して、バイク旅行を楽しんでいたときに、
観光バスと乗用車の交通事故に巻き込まれ
大けがをした。
意識不明で、生死をさまようが助かった。
しかし、目覚めたときに全ての記憶を失ってしまった夕貴。
不憫に思った若い看護婦が面倒を見てくれていた。
彼女の実家が酪農農場。
そこでしばらく働いていたらしい。
その看護婦が、夕貴の所持品から今井美帆の名刺を見つけた。
今井のファンだった看護婦が、東京の今井に連絡を寄こしたのだ。
今井はすぐさま夕貴を迎えに行き、彼を引き取った。
『なぜ、黙ってたかって?あなたも藤本って言う人ともう
婚約寸前だったでしょ?それに記憶を無くしてたから・・
仕方ないじゃない?』
それから今井は夕貴を管理し、面倒を見て
作品を書き上げたのだ。
『でも、古い記憶なんて、もうどうでもいいのよ。
その代わり、彼の才能が目覚めたんだもの。』
『・・・・』
『彼に書かせた作品を神部に見せたら、興奮してたわ。
すごいじゃないかってね。』
『それはもう発表されてるんですか?』
『ううん、まだ。実績を積ませるためにも、これからどんどん
投稿させるつもり。タイトルは必要だもの。だから・・』
『だから・・・?』
『次は、あなたの方で面倒見て欲しいのよ。そして3年後くらいには
ビッグタイトルを取らせてやりたいの。』
『ええ?』
『あなたにはその使命があるの。これはあなたと私の極秘プロジェクトなのよ。』
(極秘プロジェクト???)
目を白黒する涼子に、
今井は、にんまり笑う。有無を言わせない風。
『イヤダなんて言わせない。彼はあなたのことだけ思い出したのよ。』
(え?ウソ??嬉しいかも~~)
『それに、私は妊婦なんだもの。無理は出来ないでしょ?』
(父親はもしや・・・??)
『記憶を無くしているのをいいことに、私と愛し合ってたのよと
どんだけ吹き込んだと思う?なのによ、あなただけ思い出したの。』
(・・・・感激)
『でも、私はこの子と作品を授かったので、満足よ。』
今井は、今一度自分のお腹を大きくなで回した。
(それって・・なに?)
今井美帆と涼子の極秘プロジェクト始動~
記念すべき一日と今井は勝手にグラスを並べ始めるのだった。