第40話 ホラーな母
文弥の母美沙子は、
元は家元事務所で働く事務員だった。
有能で勤勉、地味で目立たない平凡な女性だったのが、
妻に先立たれた家元の目にとまり結婚して、人生が変わった。
家元夫人としてもてはやされ、つきあう人種も変わると、
彼女の性格もころっと変わり、華やかで洗練されていったと言う。
当時12歳だった祐介は、継母の美沙子にもなつき、
傍目には仲のよい親子にみえた。
美沙子も、従順で大人しい祐介を不憫に思い可愛がる。
元々卵巣の病気を抱えていた美沙子は、妊娠は無理だと諦めていたのに、
文弥を身ごって出産してから、彼女の中の欲望に火を付ける。
でも跡継ぎは祐介なので、本来なら文弥に出番はない。
しかし祐介は病弱だったので、文弥にもチャンスがあると美沙子は
腹の底で思っている。
それを知ってか知らずか、20代前半に学生結婚した祐介。
しっかりものの嫁知美は、義母の野心を見抜き、
すかさず長男洋介を産んで、嫁の役目を果たした。
(あんたの勝手にはさせないわよ。お義母さん。)
度々大病をして入院する夫に、献身的に看病する知美の姿がそう物語る。
『生徒さんの間ではな、うちのオカンが呪いのわら人形でも
してるんちゃうかって言うねん。』
浮かぬ顔で話す文弥。
『へえ、ひどい事言うのね』
『いや〜、案外そうかもって思ってる。オレ。』
『エ〜〜???』
文弥は確かに聞いたのだ。
祐介が大病をし生死をさまよっていたのに、意識を取り戻すのを見て、
母が影でつぶやいていたのを。
『チッ、死んだらいいのに・・』
舌打ちして忌々しそうに言う母の言葉。
(オレがいるばっかりに、大好きな兄ちゃんとオカンがもめる。)
文弥は一人心を痛めていると話すのだ。
『それでな、オレ、学校卒業したら考えてる事があるんや。』
『ええ?何?何?』
波瑠は目を見張る。
『誰にも内緒やで…。』
『うん、うん。』
真央もつられて目を見張る。
文弥は辺りを見回し、一呼吸ついた。
『実は…』
『実は?』
『女になろうかなって…。』
『ええ〜〜!?』
『シィッ!声が大きい!』
『文弥、真央はどうすんのよ!』
『そうなんや、それが悩ましい。俺もな。』
(はあ?勝手に言わないでよ)と、真央が言おうとした時、
窓の外、文弥の肩ごしに見えた人の姿にあっと叫びそうになった。
(夕貴さん!?)
あれから3年以上たっている。
風のように、人混みをぬって歩く姿が見えた気がした。
(夕貴さん〜!待って!)
慌てて立ち上がり、追い掛けようとする真央。
『真央!どうしたの!?』
背中に波瑠の声が聞こえた。
真央はかまわず追い掛けた。必死だった。
なのに、夕貴の姿を見失い途方に暮れて立ち尽くしてしまうのだった。