第37話 意味深な話
『聞いたわよ。』
今井美帆はパスタを頬張りながら、涼子に言う。
口元がほころび、面白くてならないと言う具合に。
久々に今井に誘われて、カフェでランチをしていた時だ。
『何をですか?』
涼子はとぼける。
『藤本さんと破談になったって。』
今井は悪びれず、無遠慮に言う。
『あ~、そのことですか・・・』
(そんなの言われるのわかってたわよ)と涼子は顔をしかめたくなる。
藤本は涼子に婚約破棄を申し出ると、
地方の中学校で、教員の空きが出たのでとそそくさと退職してしまった。
もともと教員志望であったらしいが、藤本の親戚が、
その地元の教育委員会の大物だというのを聞くと涼子も納得だ。
なんともとってつけた理由で、あわただしく涼子の元を去っていったのだ。
(よかったじゃない、望み通りで・・・)
涼子はもう未練もない。
藤本はその後、元教え子と再婚する。親子ほども年が違う。
彼女のお腹には新しい命が宿っていた。
『やはり、あなたは夕貴を待つべき運命なのよ。』
今井は勝ち誇ったように言う。まるで予言者のように。
『先生、行方もわからない人を待ち続けて、私におばあちゃんになれと
言いたいんですか?』
『ふふふ、それも運命なら仕方ないわね。』
(冗談、私、枯れちゃうじゃない)
そんな無責任に言うのなら、夕貴を捜してから言ってくれと
涼子は、目の前で、満面の笑みを浮かべてパスタをたいらげる
美帆に言いたかった。
その頃、今井は新しい小説を涼子の雑誌に発表する。
30代の女性作家の元に、事故で記憶喪失になった男が身を寄せる。
過去の記憶を呼び覚ます前に、その男を自分の理想の男に
育てようと決めるのだ。
なぜなら、男は作家の初恋の相手にそっくりだったのだ。
初恋は成就しなかった分、作家は男にのめり込む。
そして、その教育の状況を逐一自らの作品に公開する。
今井は、作品についてインタビューされると、『源氏物語』に
なぞらえて、光源氏が紫の君を自分の理想の女性に
育て上げたのと逆バージョンの話があってもいいと話した。
タイトルも『GYAKU若』
あまりにリアルな表現に、モデルがいるのでは?と
評判になった。
しかし小説に興味のない涼子は、まるで関心がなかったのが、
今井には愉快だった。




