第32話 センチメンタルジャーニー
『あなた、私のこと、恨んでるんでしょ?』
今井は、横の座席に座る涼子に問いかける。
飛行機は今離陸したばかり。
そう言いながら、原稿に目を通すのに余念がない。
何本もの連載を抱え、多忙を極めているのに、行方がわからない男1人を
捜したいと言う今井。
夕貴の事は心配だが、せっかく古巣に帰ってこれた涼子は不満だ。
新しい編集長の大間は、今井の強引な申し出に二つ返事で了承した。
大間は涼子の後輩だ。彼女にとっては、涼子は目障りな存在なのだ。
前編集長の田中の腹心の涼子。人脈も広く
仕事ぶりには敬意を示すが、今は自分が長なのだと大間は思ってる。
でも、もし涼子があのまま部署にいれば、今頃は立場が逆になっていたろう。
だけど・・今は自分が長なのだ・・と大間はそう思う。
今井は、そんなことは百も承知なので、強引に涼子を連れだしたのだ。
『・・・いいえ、別に。』
『フフ、ちゃんとわかってるのよ。あなたの言いたい事ぐらい。
私、これでも、作家なんだから。』
『・・・・』
『でも、夕貴を捜すの、あなたにも一緒に行ってもらいたいの。』
『・・・』
『あなたはドライね、夕貴いなくても平気なんだから。』
『・・・』
『でも、悲しいかな、彼はそんなあなたが好きなのよ。』
『・・・先生はどうなんですか?』
『私?私と夕貴は男女を越える縁だと思ってるわ。』
『???それはどんな?』
『う〜ん、たとえて言うなら、信者みたいなものよ。』
『?』
『男の代わりはいても、信仰の代わりはそうないのと同じね。』
今井はすましてそう言うが、涼子はまだ不満げに仮眠をするために
目を閉じた。
(冗談はよしてよ。わけ、わかんない。)
そして、北海道に到着。
夕貴の足取りを辿る旅に出る。
今井は、夕貴が釧路から摩周湖に寄り、札幌の友人の所に行くと言う事までは、
本人に聞いていた。
それ以降の足取りが掴めない。今井が事故にあったのではないかと
言うので、
警察によったり、病院で聞いてみるが、
それらしい人物を見つけることは出来なかった。
『夕貴、夕貴、どこにいるの〜ォ???』
今井は、冷たく冴える摩周湖を見下ろし、叫んでいる。
夕闇が迫り、湖の底から、冷たい風が吹き上げてくる。
『あなたも、叫ぶのよ。』
『え?』
『夕貴、帰ってきて〜!!!早く、叫びなさいよ。』
『・・・・』
『好きな人に呼ばれたら、夕貴だって返事するかもしれないじゃない。』
今井はそう言って、涼子の顔を見る。
そう言われて、涼子は湖に向かって叫んだ。
『夕ちゃん、どこにいるのォ〜。夕ちゃ〜ん〜。』
女二人、何度も叫んだ。しかし、湖は静まりかえったまま。
『う・・・ッ。う・・・ッ。』
先に泣き出したのは、涼子の方だった。