第31話 秋の災難
秋の始めというのに、まだ夏のような日差しがキツく差し込む。
四角く見える空を見上げる涼子。
先月からまた女性誌に復帰している。
元の上司である編集長の田中が、突然退職するためだ。
彼女の推薦で、また戻ることが出来た。
田中の退職の理由は結婚。40代目前のゴールインだった。
相手は、中国滞在の商社マンの織田。
まさかのデキ婚だった。
『中村、この年になって、子供が授かるなんて思わなかった。』
もうすぐ母になる田中の眼が優しい。
先月末に、夫のいる中国上海に渡った。
子供は新しい年の初めに誕生だ。
『私の辞書に母の文字はないと思っていたのにさ〜、人生わかんないもんだね。』
涼子は、田中の幸せな結婚に喜びはしたが、
彼女ほどの優秀な女性が、出産の為に仕事を捨てるのが勿体ないように今でも思う。
『仕事、やめて悔いはないんですか?』
『ああ、十分やったから、悔いはないさ。私は器用でないから・・。』
涼子は、田中とのそんなやりとりをたまに思い出すのだ。
(私には、まだ無理だ。仕事を捨てるなんて・・)と思ってしまう。
『涼子さん、お客様です。』
ふいに振り向くと、作家の今井美帆が立っていた。
何やら、思い詰めてる。
『先生、どうなさったんですか?』
涼子は不審な顔で、今井を迎える。
今井は、応接間のソファーに座り込むと、大袈裟にため息をついた。
出されたお茶を一気に飲み干す。
『ねえ、中村さん。最近、夕貴から連絡が全くないのよ。あなた、知らない?』
『え?夕貴さんは北海道にいるんですよね。じゃないんですか?』
『・・・・あなた、最後に夕貴と話したのはいつ?』
『・・・確か、8月の終わりです。』
『・・私は、9月の始めに話したキリよ。それからいくら電話しても出ないのよ。』
涼子は、古巣に帰ったのは8月下旬。
それから、仕事に追われ、夕貴の事まで考えが及ばなかった。
『何かあったんじゃないかしら?心配だわ・・・。そう思うと、
もう、いても立ってもいられないの。』
今井は、そう言うと勢い立ち上がった。
『私、決めたわ。』
『先生、どうしたんですか?』
見上げる涼子に、今井は見下ろして言う。顔は般若のようだった。
『あなた、私と一緒に北海道に行ってちょうだい。行って、夕貴を一緒に探すのよ。』
『ええ〜???先生、それは無茶ですわ。』
(復帰して、間がないのに休めなんて・・・そんなの無理)と涼子は青ざめる。
『編集長、呼んでちょうだい。私からお願いするわ。』
『・・・・???』
『中村さん、早く、お呼びなさい。』
『・・・??』
今井の芝居がかった大声に屈して、
涼子は編集長の大間を呼ぶしかなかった。