第30話 みにくいアヒルの子
『真央、そのスカート何なの?』
今朝、祖母の由子に叱られた。
スカート丈がまた一段と短くなったのを咎められる。
真央はトーストを、頬張りながら、外に出る。
急がないと、波瑠に置いてきぼりにされるからだ。
双葉には、電車で二駅。
波瑠は、進行方向に向かって前から2列目の3番目の入り口で
いつも待っている。
『おはよう〜。』
幸い電車は郊外に向かうので、そう混んでもいないが、
真央はいつも必死で走って乗り込むのが日課だ。
そして、二人、ブラスバンドの部室に駆け込み、朝練に参加する。
真央はクラリネット。波瑠はフルート。
全国大会にも出場する名門クラブなので、勢い練習もキツい。
十数人いた新入生も早くも脱落するメンバーもいた。
真央も、もし波瑠がいなかったら、やめていたかもしれない。
彼女の家族が音楽一家なので、当然クラブも音楽系に進むのは予想されるが
『私は家族の中では落ちこぼれなんだ。』
波瑠はそう言って笑う。
『フルートは、うちでは楽器のうちには入らないと思う。』と。
以前、波瑠のウチに遊びに行ったことがある。瀟洒な家。
いかにも芸術家と言った風情の両親。優しそうな夫婦。
上品な面立ちの姉の写真。ヴァイオリンを抱えてる。今は留学中だとか。
『パパは指揮者。ママはピアニスト。お姉ちゃんはヴァイオリン。
才能のあるお姉ちゃんは、パパとママのお気に入りなの。』
『波瑠は?そうじゃないの?』
『うん、たぶんね。私、才能ないから・・・。私はみにくいアヒルの子なの。
ただ・・・。』
『ただ?』
『パパにも、ママにも、恋人がいるんだ。私は知ってるんだ。』
『・・・ふ〜ん。』
真央は先ほど、ケーキを置いて出ていった波瑠の母親の顔を思い出した。
(大人は、みんな、秘密だらけ・・・)
幸せそうに見えても、ほころびだらけの家族。
幾度も繰り返し、練習してる時に、ふいとそんな事を思い出す真央。
(そう言えば、夕貴さん、北海道に帰ったって、ママ言ってたな・・)
その時に、チラリと首筋に光ったネックレス。
涼子は、心なしかソワソワしていた。
(ママにもあるんだろうか?秘密・・・)
そう思いながら、ふと校庭の方に目をやると、陸上部が走っている。
よく見ると、矢上文弥も混じっていた。先日の教室での会話を思い出した。
『オレ、陸上部に入るねん。しかも短距離。』
『へえ〜、なんで?』
『逃げ足、早いほうが得やん?オレみたいに、大阪弁のはイジメられそうやし。』
『それは言えてる。考えてるやんか。』
『波瑠、変な関西弁、やめてくれない?』
『アハハ・・・』
走った後の文弥は、苦しそうに顔をゆがめていた。
汗がほとばしる。
それが朝陽にキラキラひかり、真央は見とれていた。
顔を上げた文弥と目が合い、あわてて目をそらす真央。
『真央はやっぱり、オレに気があるんやな。』
文弥のそんな声が聞こえてきそうだった。