第29話 風のように
桜が散り、青葉が香る頃、涼子は夕貴と会った。
場所はいつものファミリーレストラン。
久々に会う夕貴は、顔色もいい。
北海道に帰省するため、少し大きめな旅行カバンを傍らに置いていた。
『真央ちゃん、学校、どうだって?』
『うん、機嫌よく行ってるわ。いいお友達が出来たみたい。』
『へえ〜、どんな?』
『1人は音楽家の娘らしいわ。とても活発なお嬢さんみたい。でも、あまりに元気すぎてさ、
ママは心配してるわ。真央が悪影響受けるんじゃないかって。』
『ああ、真央チャンは優等生だものね。』
『そう、良くも悪くも、聞き分けのいい子よ。昔の私みたい。』
涼子は、真央が自分と同じく、いつか家族の期待の重さに耐えかねて
暴走するのではないかと危惧してる。
(しかし、それも誰もが通る道ではないか。)
涼子は思う。母の由子に省みられなかった自分とは違う。
真央は、十分に祖母の愛情を受けて育っているもの。心配ないと思っている。
『それからね、もう1人は、また変わった男の子と仲がいいらしいわ。』
『どんな子?』
『う・・ん。華道の家元の息子らしい。大阪から来た子。席が近いから
仲がいいんだって。学校生活は順調なようよ。』
夕貴は思う。涼子は口では無関心を装いながら、心の奥では
真央のことを、母親として真剣に思っていると。
本当は誰よりも心優しく、繊細な女なんだと夕貴は思っているのだ。
でも(そんな君が好きなのだ)とは涼子には言えないでいる。
ホストで、女心を巧みに操っていた分、自分の恋愛には臆病になる。
真顔で言っても、信じてもらえないように思ってしまうのだ。
それに、まだ自分には目指す道がある。
夕貴はそう言うストイックな面を持つ男なのだ。
外に出ると、朝の光は和らげに降り注ぐ。
『これから、北海道に帰るのね。』
『うん、しばしの別れ。また落ち着いたら連絡するよ。』
『今井先生には会ったの?』
『うん、ヨーロッパに行く前に会った。黙って行ったら殺されちゃうよ。』
作家の今井は新作の取材で、欧州に出張中だ。
今井は、一緒に来ない?と誘ったとも聞いたが
夕貴は断ったようだ。
『本当は、本州をバイクで北上しようかと思ったんだけど、医者に無茶だって止められたんだ。』
まだ病み上がりで、体力に不安があるのかもしれない。
『空港まで送って行こうか?』
『いいよ。飛行機に乗れなくなる。』
『え?』
涼子は、ふいに振り向いた夕貴に抱きしめられた。
驚く涼子の首筋に、ぼとんと落ちた雫?と思ったら、
ネックレスがかけられた。
『俺からプレゼント。』
『あ、ありがとう。嬉しいわ。』
『帰ったら、話したい事がある。』
『え?なに?教えて。』
『まだ内緒。』
夕貴はそう言って,
手を振って、空港行きのバスに乗った。
残された涼子は夢の中にいるようだった。
その後数年間、夕貴本人の意志とは別に、
風のように姿を消してしまうのだった。