第26話 真冬の夜の夢?
目覚めた夕貴が最初に目にしたのは…涼子。
ベッドの傍らで、うつ伏せて眠っている。時計を見たら、昼の12時半。
窓からは、薄曇りの街が見えた。
個室のようで、見舞いの花が並んでいるのが見えた。
あの日、クリスマスの夜に店で倒れたのまでは覚えてる。
今井美帆の叫び声が、遠くに聞こえた。
(最後のクリスマスだから、張り切りすぎたか…)
常連客も彼が年内に辞めるのを知ってるので、店は最高潮に盛り上がっていたのだ。
(最後のクリスマス、みんな、ありがとう)
そう乾杯の音頭を叫んで、グラスを高くかがげたら、目が眩んだ。
そのまま倒れ込んでしまった。
その後の記憶がない。
(でも、助かったみたい…。よかった・・・)
夕貴は手を伸ばし、涼子の髪をなでた。
きっと疲れてるのに、駆け付けてくれたのだ。
『あれ、夕ちゃん。気がついたの?』
『ああ・・ありがとう。』
涼子が頭をあげたが、まだ眠たげに瞼をこする。
『やだ、寝癖なんかついてない?よだれなんかくってないかしら???』
『そんなの平気だよ。いつも通り、キレイだよ。涼子さん。』
『はあ〜、嘘でも嬉しいわ。そう言ってくれると・・・』
今井美帆は、締切間近の原稿があるので、病院に運ばれたのを見届けて
帰ったらしい。
美帆と入れ替わるように涼子達が駆けつけたのだ。
待合室で、真央は峰夫と共に心配そうに、夕貴の無事を祈るばかり。
幸いにクリスマスの夜と言うのに、すぐ病院側に受け入れてもらえたので
命拾いしたようだ。
夜明け近くに、3人は帰宅するが、涼子はまた翌々日の昼に
病院を訪れていたのだった。
『真央ちゃんも来てくれたんだね。』
『ええ、真っ青な顔してたわ。もうすぐ受験なのに、心配かけないでね。』
『ああ、心配してくれて、ありがとうって伝えて。』
『うん、喜ぶわよ。きっと。』
夕貴は、思い出したように言葉を続けた。
『ねえ、俺、お花畑を見てきたよ。』
『ええ?所謂三途の川ってのォ?』
『そうかも・・祖父ちゃんがいた。向こう岸に。』
『あなたの大好きなお祖父ちゃんね。手招きされたの?』
『う・・・ん。まだ来るなって。そしたら、声がした。』
『誰の?』
『・・・へへ・・秘密。』
『そう。じゃあ、勝手に私って事にするわ。親子で絶叫してたもん。
今井先生には内緒ね。』
涼子は、いたずらっぽく笑った。
夕貴は思う。
シェークスピアの『真夏の夜の夢』ように、
目覚めた時、出会った最初の相手に恋をするのだと。
涼子がその相手だと、初めて思った。