第25話 クリスマスの夜に
そして秋、涼子は月を見上げて、ため息をついてる。
会社の休憩室の窓から望む月は、ビルの谷間に心細く見えた。
あれ以来、夕貴と気まずくて連絡を取れないでいる。
(彼の人生だから、彼の勝手なのだ。)
でも時折聞く噂では、体調がよくないようだ。
アサヒに、営業成績が追い抜かれるのは、時間の問題だと
先日も今井美帆が話していた。
(ソレは、彼の望む所なんだけど・・・)と涼子は思う。
『彼は年内で、辞めるつもりのようね。』
『そう、私も聞きました。』
『ふ〜ん、いつのまに???』
『はあ、別の道を歩きたいと以前聞きましたから。』
『そう・・・。』
今井も、夕貴の目指す道を知っているように思えた。
年内で店を辞め、体調を整えて、自分の思う道へ着々と駒を進める夕貴。
(でも、私の手の届かない場所に行ってしまうようで寂しいのは何故だろう。)
そう思っていると、上司の藤本が声をかけてきた。
『よう、峰夫、役にたってる?』
真央の家庭教師の峰夫は、藤本の遠縁だ。
『ええ、御陰様で、随分成績が上がりました。それに、すっかり母とも娘とも
大の仲良しになっちゃってますよ。』
と涼子は言うが、
(私だけ孤独なのは、変わらない。以前と同じ・・・)と感じている。
『そうか、それはよかった。おかしな奴だから、嫌われてないかと心配したよ。』
藤本は、安心したように笑う。
30代後半で、離婚歴がある彼。息子がいたが、別れた妻が引き取っていると聞いた。
仕事に追われる夫なので、愛想をつかされたらしい。
温厚で、管理職向きと言われるが、
ハードな仕事を黙々とこなし、実績を上げると評判だ。
『何考えてたの?』
『え?』
『涙ぐんでるみたいに見えたよ?俺の考えすぎ?』
『はあ、あまり月がきれいなんで・・・』
涼子は慌てて否定するが、藤本はにやりと笑う。
『そう、確かにね・・。今日の月はキレイだ。でも・・』
『でも?』
『花鳥風月に涙するようになったら、年なんだって。』
『ええ〜、私、まだ花の30代なんですけど〜。』
『イヒヒ。まあまあ、お気になさらずに・・。』
優しく、いたずらっぽく笑う藤本。涼子の隣に並び、一服吸いながら
同じ月を眺めていた。
しばしの休憩。今夜も先は長い。
涼子は、この藤本のぬるさに、次第に心惹かれるのを感じている。
そして、藤本も少なからず、涼子に同僚以上の好意を感じてくれてると
思うのだが・・・まだ先へ進めなかった。
それから、月日は流れ、その年のクリスマスの当日
珍しく、涼子も早めに帰宅していた。
テーブルには、真央と由子。そして峰夫も一緒だった。
『メリークリスマス♪』
由子手作りのケーキを、皆で食べていたとき、けたたましく涼子の
携帯が鳴った。
『ハイ!中村です。』
『あ、中村さん?今井です。』
『はあ、何か?』
『夕ちゃんが、店で倒れたの。今救急車で、病院に運ばれたのよ。』
『ええ〜??』
涼子は叫ぶと、電話を切るやいなや出かける用意をしだす。
『ママ、どうしたの?』
『真央、夕ちゃんが店で倒れたって。ママ、様子見てくるわ。
待ってて。』
『ええ??ママ、真央も行く。』
『そう、じゃあ、いらっしゃい。ごめんね、ママ、ちょっと出かけてくる。
すぐ帰るから・・。』
由子は、不満そうだったが、
涼子は真央を連れて、あたふたと外に出た。
『ああ、ちょっと待って。私も行く〜。』
何故か、おまけで、峰夫まで追いかけてきたのだった。