第20話 昇る男と沈む男
そして、真央が小学6年生になった春のある日、
涼子は、今井美帆に会社の廊下で呼び止められた。
『中村さん、ちょっといいかしら?』
美帆は、今度は30代女性向けの雑誌の新連載が決まったばかり。
ランチに一緒に行こうという。
作家先生の申し出は断れない。
涼子は、同僚に伝えて表に出た。
ビル街にも、そよ風が心地よい。なのに、美帆は浮かぬ顔だ。
パスタが上手いと評判のカフェの窓際の席に二人で座った。
『ねえ、あなた、最近夕貴が調子悪いの知ってる?』
『え?夕ちゃん、どこか悪いんですか?』
美帆は、涼子が夕貴の様子を知らないことに気をよくした風で、
情報を出し惜しむような顔をした。
『それがね、店にイヤな奴が入ったのよ。そいつが新顔のくせに、夕貴のNO1の座を脅かしてるの。』
『へえ〜、そうなんですか・・・。』
『そうなの。おまけに、名前までイヤミな奴よ。』
『なんて言うんですか?』
『アサヒっていうのォ。』
『・・・・』
(夕貴に対抗して、アサヒ???ベタすぎる・・・)
北野朝陽は、元々は大阪のホストクラブにいたと言う。
稼ぐのにどん欲で、なりふりかまわない。
過剰なサービス、笑いもとる過剰なトーク。
しかし入店間もないのに、もう夕貴の2番手についてるという凄腕。
風貌も貴公子のような夕貴とはまた違う、やんちゃな感じが
若い客に受けている。
『それに、夕貴、最近体の調子がよくないみたいね。たまに休むのよ。
以前はそんなことなかったのに。』
(夕ちゃんは、きっと、引き際を考えているのだ。)
美帆の話を聞きながら、涼子はそう思った。
今の仕事をいつまでも続ける気はないと、夕貴本人も言っていたから。
『もし、夕貴が店を辞めたら、私はもうゴールドに行く必要はなくなるわ。
だって、アサヒは下品なんだもの。店の品位が落ちてくると思うしね。』
美帆は顔をしかめながらそう言うのだ。
彼女にとって、夕貴は1つのより所であるのだろう。
その言葉を聞くと、美帆と夕貴は単なるホストと客の関係なのだと感じられた。
(今井と夕ちゃんは、男女の関係ではないのだ。)と嬉しくなる。
それが顔に出そうなので、慌てて話題を変える涼子。
『それより、先生。今度の雑誌の連載はどんなテーマで書かれるんですか?』
不意に言われ、美帆はパスタをつまらせた。胸をドンドン叩く。
『うッ。そうね、いわゆる30代女性の等身大の恋愛って奴ね。』
『へえ〜。楽しみですね。』
『そう?でも本人は地獄の苦しみの日々の始まりなのよ。』
唇についたソースをナプキンでぬぐいながら、
美帆は大きな目をみはり、そう言った。
(久々に、夕ちゃんに会いたい。)
それまで思いもしないほどの衝動で、涼子はそう思うのだった。