第2話 奔放な母
母親の涼子は18歳の時に、真央を出産した。
相手は、大学教授だった真央の祖父哲夫の部下の浩一。
まだ20代だった。
哲夫は、愛弟子のように浩一を可愛がっていたので激怒。
まるで家族同様にふるまっていたのに、家庭に一切出入り禁止とした。
周囲から将来を期待されていた浩一は、娘の誕生を喜ぶこともなく、
逃げるように海外に留学してしまう。
そして、まだ幼い真央を母親に押しつけるようにして預け、
涼子は浩一を追いかけていったのだ。
しかし経済的に自立する宛もない若い二人が、海外での生活に
耐えうるはずもなく、ほどなくして、涼子だけが帰国した。
浩一が、現地でスポンサーになりうる女性と知り合い、
ただ若いだけが取り柄の涼子に愛想を尽かしたのが直接の原因。
その間、生まれたばかりの真央の面倒をみたのは祖母の由子だった。
由子はお嬢様育ちで、涼子が幼いときは、自分の趣味にかまけ、
家政婦に世話を頼む始末。いつも身綺麗にしており、オムツの始末も
ろくにしなかった。
涼子は、由子の愛情に飢えていたのかもしれない。
由子は由子で、幼い孫を押しつけられ大迷惑。若いときのように、家政婦を雇う
経済的な余裕もないことから、孫の世話でくたくたで、心身ともに疲れ切っていて、
不眠症だとこぼしていた。
だけど真央の寝顔を見ると、愛しくてならないのに、
口だけは達者で、よく恨み言を涼子にも言ってしまう。
涼子は涼子で、自分の事は棚に上げて、幼少期の母親の愛情の
足りなさへの報復のように、母に面倒をかけることに悪びれる事もなかった。
なので
真央は幼いながらも、大人の顔色を伺いながら、大きくなったと言って良い。
父親の顔も知らずに育った。
涼子は、その後何事もなかったかのように、大学に進学する。
たまに友達を家に呼ぶとき、涼子は真央を年の離れた妹だと紹介するのだ。
由子はその度、なんともバツの悪そうな顔をしたが、涼子は平気だった。
『友達も、へえ〜、涼子のママ、綺麗だもんねって言ってたわよ。』と涼しい顔。
そして、おおいに青春を謳歌し、大手の出版社に就職。
雑誌の編集者として、忙しい日々を送っていたのだ。
真央が小学校に入学した頃、祖父の哲夫が病死。
最初こそ真央を疎ましく思っていた哲夫だが、孫の可愛さには勝てず
真央を慈しんで育てていた。
涼子が、真央を年の離れた妹発言しても、哲夫は
『お前で失敗したから、真央で子育てをやり直すわい。』と苦笑い。
真央の父親の浩一はどうしたのかと言えば、海外で行方不明となる。
スポンサーらしき相手の女性とのトラブルかと噂にはなったが、
もう涼子にはどうでもよいことだった。
祖父が亡くなり、祖母の由子と涼子と真央の女三人で暮らしていた。
そして、真央がもうすぐ11歳になる夏休み。
今度は祖母の由子が病気で入院。
その夜は、真央が一人で、涼子の帰りを待っていた。
しかし、いつにも増して帰りが遅いが、真央はもう慣れっこで
お風呂に入っていたのだ。
入浴後、バスタオルで体を拭いてると、ピンポーンとインターフォン。
慌ててバスタオルを巻いて、真央が玄関に走ると、
そこには酔っぱらった涼子を抱えながら、若い男性が立っていた。
『やあ、こんばんわ。ごめんね、こんな遅くにおじゃまして・・・。涼子さん、
あんまり酔っぱらっちゃったものだから・・ほっとけなくて・・・。』
その若い男性は、驚いて立ちすくむバスタオルを巻いた真央を見つめたが、
真央の足元を見るや、こう叫ぶ。
『君、どうしたの?足下に血が流れてる。怪我でもしたの?』
真央は言われて、足元を見ると、確かに鮮血が足をつたっていた。
(エエ〜ッ??やだあ〜)
立ちすくむ真央を、涼子がやっと見上げた。まだ立ち上がれない。
『あら、あなた、ひょっとして・・・・始まったの???』
(エエ〜〜、何?恥ずかしい!!!!)
今度は、真央が恥ずかしさと緊張で、玄関先で倒れてしまったのである。
『君、大丈夫〜???』
夕貴の声が遠くに聞こえた。