第18話 無償の愛?
夕貴は思う。
(涼子も他の女と一緒だ)と。
精一杯、気を張って生きてる。家族の前ですら、涙を流すことが出来ない。
そんな女をたくさん見てきた。
あの今井美帆もそうだ。
知り合って、間もない頃
映画館に行くから、一緒に来てくれと言われた。
見に行ったのは、コメディーなのに、暗がりで泣いていた。
嗚咽してまで泣くから、びっくりした夕貴は、美帆に言う。
『何で、泣くの。面白い映画なのに。』
『暗くなると・・・ホッとして泣きたくなったのよ。』
『どうして?悲しいことでも思い出した?』
『わかんない。あなたに甘えたくて、泣きたくなったのかも。』
『・・・そうか、泣きたいだけ、泣け。そばにいるから。』
『うん、ありがとう。夕ちゃん。』
美帆は、夕貴の肩にもたれて、いつまでも泣いていた。
理由は聞かないでもわかってる。
派遣社員から、今は流行作家。
急激な環境の変化にとまどいながら、弱音を吐けない孤独。
一旦手にした甘い蜜は手放せないから、精一杯がんばろうとする。
周りの甘言は嘘くさく聞こえ、騙されまいと神経がピリピリする毎日。
『デジャブって信じる?』
『ああ、よく言うよな。』
『あなたって、懐かしい気持ちにさせる人よね。』
『ええ?前世で夫婦だったとか?ってやつ?』
『だとしたら、いいなあと思うわ。マジで。』
『ハハハ・・』
『でも、そんなんじゃなくて、もっと深い絆よ。きっと。』
『なに?』
『あなたは、僧侶じゃないかしら?私はその信者よ。きっと、そうだわ。
懐かしくて、ありがたくて、安心するから・・・。』
『はあ、作家は言うことが違う。』
美帆の妄想だと苦笑したくなるが、同じような事を言う客はいる。
きっと、客のつかの間の癒しの場所になるのが
自分の商売なのだと夕貴は思う。
商売なのだから、無償ではない。
お互いの利害が一致しての関係。
(しかし、涼子はその点が違う)
美帆は忙しいのに、週1回は店に来て、散財する。
涼子は、取材で1回店に来ただけだ。
まあ、後は、お誕生日祝いの花束と
今井美帆を紹介してくれたと言うのが目玉くらい。
(なのに・・・俺は・・この女をほっておけない。)
当の涼子は泣いたらすっきりしたのか
ランチのスパゲティを、猛然と食べ出した。
(無償の愛?まさかね)
娘の真央から、写真入りの封筒を受け取ったのは、1ヵ月くらい前。
(ママには、恋人がいます。しかも、中国人です。
私のパパによく似ているそうです。)
勢いだけはある筆跡。思いの丈をどこにぶつけていいのか
わからないと言う感じだった。
しかし、その勢いに乗じたのか、
夕貴自身も相手の男の素性を確かめないと
気が治まらなくなった。
仕事で中国に詳しい客に、それとなく調べてくれるように依頼。
何億もいるから、わからないだろうと思っていたら
案外すんなりとわかった。
香港出身、前科があると。それから妻子もいると・・・
詐欺を働く常習犯。チンピラだ。容姿がいいので、女にもてる。
小金を持っては、株に投資したりするとも聞いた。
そう聞くと、なぜか無性に対抗意識が芽生え、
夕貴は中国株を買い、儲けて、涼子の仇を打つ気分になったのだ。
そして儲けた金を、涼子に渡すつもりだった。
(これ、使いなよ。)そう言うシナリオだった。
けれど・・金より、涼子に必要だったのは、
泣くことだったのだ。
(なんと・・・陳腐な感情)
自嘲気味に、夕貴は一人苦笑する。
ポストが無償の愛だって?
(そんな事、ありえねえ)
『どうしたの?ここは私払うから。もう行かないと。』
先まで泣いてた涼子は、もうそこにはいなかった。