第16話 不幸な知らせ
『ねえ、真央?』
『なに?お祖母ちゃん。』
『涼子、最近変だと思わない?』
『うん、なんか浮かれてる。』
『真央、意外に鋭いわね。実は、彼が出来たらしいの。』
『へえ〜〜。』
留守がちな涼子をよそに、由子は真央と女同士の連帯を深めている。
なので子供扱いせず、大人の事情もある程度理解させるのがいいと
由子は思っているのだ。
『それが、写真見せてもらったら、びっくりよ。』
『・・・どうして?』
『相手は中国人らしいの。』
『・・・・。』
真央は心中では、胸をなで下ろす。夕貴ではないと聞かされてホッとする。
『それだけじゃないの。よく似てるのよ。』
『誰に?』
『真央のパパに・・・。』
由子はそこで一瞬迷ったが、もう後戻り出来ないと決め、一気に言う。
父親の顔を知らない真央を、日頃不憫に思っていたからだ。
『ね、真央、写真見てみる?』
『・・・・』
黙り込んでしまった真央に、由子は少し後悔したが、本人に任せることにした。
『真央、見たい。』
真央は恐る恐る写真に目をやった。
並んで、ソファーに座る二人の姿
涼子が一際、優しげな笑顔に見えた。そして横の男性の顔をまんじりもせず
見つめる。
(この顔に、よく似ている?パパが??)
少しににやけた笑顔、涼しい目元はいいにしても、
薄い唇がちょっと真央はイヤだった。薄情そうに見える。
『ねえ、真央、感想は?』
『薄情そうな奴に見える。』
由子も同じ意見なので、大きく頷く。浩一もそうだった。
真央の誕生を喜びもせず、行方不明なままだ。
(涼子はどうして、そんな男に惹かれるんだろう・・・)
そんな由子の心配をよそに、真央は心に決めていた。
夕貴に手紙を出そうと。この写真を送るのだと。
(夕貴さんへ、ママには好きな人がいます。しかも中国人で、私のパパにそっくりらしいです)
と書き殴ると、その日のうちに真央は手紙を投函した。
なんで、そうすべきと思ったのかわからない。
でも、そうせずにはいられなかった。
真央は、もう女としての嫉妬を母親に抱いていたのだ。
そして、ある日 田中は涼子を呼びつけた。
『中村、アンタは次の中国行きはなしだ。』
『ええ??どうしてですか?編集長。やっと最後の詰めの段階まで来たのに。』
そう、後一歩の所まで来てるのに・・・と涼子はわからない。
その頭にアーサーの顔がよぎる。彼に会いたかった。
『中村、公私混同はやめな!』
『え?』
『男に会いたきゃ、自腹で行け!!わかったか。』
いつになく厳しく涼子に言ったのは、
田中なりに涼子を心配しての事だった。
アーサーについて、良くない噂を聞いたからもある。
まだ裏付けもとれていないのに、涼子に言うわけにいかないと
考えていた。
涼子は田中に怒鳴られて、ただただ意気消沈してうなだれていた。
(編集長が言うことはもっともだ。恥ずかしい・・・。)
その夜、アーサーに電話した涼子
『アーサー、私はずされたの。だから今度はそちらに行けないわ。』
『どうして?』
『こちらで、仕事が残ってるの。』
『ああ、そう。残念だね。』
『でも、また年明けには、都合つけて行くわ。』
『そう、わかった。じゃあ、バイバイ。』
愛想無く切れた電話。つい先日まで、熱烈な愛の言葉を口にしていたのに。
涼子は、不安におしつぶされそうになった。
数日後、上海にいる田中より涼子に電話があった。
『中村、不幸な知らせがある。』
『え・・どうしたんですか?』
『アーサーが姿を消した。』
『ええ???』
田中の先輩の植田のオフィスの金も横領されたらしい。
そしてその後、涼子の元に、多額のカードの支払い請求書が届いたのである。