第15話 異国の男
『中村、いいわね。女だからって、アイツらに舐められないようにしなきゃね。』
と言うのは、田中編集長。
『はい、もちろん。わかってます。』と強く頷く涼子。
機上での会話。上海はもうすぐだ。
田中は勇ましい。敵陣に乗り込んでいく勢いだ。
向こうで、やることは山積してる。
しかし言葉が通じない不安、勝手のわからない異国での交渉事に
田中は神経が殺気立ってる。
『特に男。あなたも男日照りのようだから、気をつけるのよ。』
『ハイ。わかってます。編集長。』
(はあ??男日照り?私があ??)
田中は30代後半の今も独身だ。
仕事とネタ女と社内で言われてる。
涼子も無我夢中で、仕事に打ち込んできたが、田中を見てると
(編集長のようにはなりたくない・・)と心底では思っている。
ストレスで、もう(生理が)上がりそうだと聞かされると、
ろくに母親の役もしないのに、
自分は一人産んでおいてよかったと思う。
でもその反動で、田中にはいつまでも乙女のような汚れがない感情もある。
若い女性層の雑誌の編集に携わることに
生き甲斐を感じているようにも見える。
可愛い服、可愛い小物、可愛いジュエリーを見ると
幸せになると真顔で言う田中、
そして後輩達に厳しくも、優しい田中が涼子は好きだった。
空港に降り立つと、一人の若い背の高い男性が出むかえに来てくれていた。
『アーサー・チャンです。よろしく。』
現地スタッフから頼まれた通訳だと男性は言う。
涼子は、彼を見るなり、唖然とする。
昔の恋人、浩一に面影が似ていたからだった。
アーサーは、すぐさま上海市内のオフィスに案内してくれた。
田中の先輩だという植田のオフィスだ。
涼子は、車の窓から人があふれる市内を見つめながら思う。
皆、エネルギーにあふれ活気があった。
(すごいわ〜。みんな、ウチの雑誌買ってくれたらいいのに。)
そう思っていたら、アーサーと目があった。
彼は微笑みかける。その笑顔も、あの浩一とよく似ているのだ。
(やだ、ドキドキしてる)
香港生まれだというアーサー。
涼子はもう心奪われていた。
『ああ、ウチの雑誌が売れてくれれば、上海の女の子達はもっときれいになること
うけあいよ。』
『いいですね〜。田中さん。上海女性、もっと、もっと、きれいにしてください。』
田中も緊張していた心がほぐれたのか、いつになく浮き浮きした口調。
アーサーは軽妙に受けて、かえす。
涼子は、そんなアーサーを見つめながら、
どこからはい出てくるのかわからない人の波に
のまれそうになる心地がした。