第13話 朝の彼
『ごめん、朝早くから呼び出して・・』
『いや、一寝入りしたから大丈夫。真央ちゃんも来たんだね。』
『そう、あなたに会いたがってたから。こんな時に、
母親として点数稼ぎしてるのよ。』
『へえ〜。真央ちゃん。本当?』
真央は突然ふられて、真っ赤になって頷く。
(それは、本当だ。ずっと、ずっと会いたかった。)
夕貴は、朝にふさわしくラフなシャツ姿。肌が白く、きめ細かい。
髪もいつもようにワックスで固めるのではなく、洗いざらしのように
自然になびかせているので、いつもより長く見えた。
『さっそくなんだけど、これ見て。』
涼子は、バッグから新しい雑誌を取り出す。
『へえ〜。出来たんだね。中を見ていいの?』
夕貴は、好奇心のあふれる目で、ページを繰る。
『今井の連載も好評なの。』
『そうだろうね。面白そうだと思った。でもかなり悩んでたよ。』
『ふ〜ん?何を?』
『新しい雑誌に載せてもらえるのは嬉しいけど、プレッシャー感じるって。』
『そう・・・。』
涼子は、平静を装いながらも顔がこわばるのを感じた。
(今井は、夕貴に相談しながら、書いたのか??)
『美帆はとっても一生懸命な女だよ。真面目すぎて、いつもピリピリしてる。』
今井の巻頭インタビューの記事を読みながら、夕貴はそうつぶやく
面白半分で書いた小説が大ヒット。そして求められるままに書いた次作もヒット。
自らの才能の目覚めを自覚しながらも、急激な環境の変化にとまどっている
彼女の孤独感を癒すのは、夕貴と言うことか。
(真央を連れてきて、良かった。)
と涼子は思う。一人で来ると、今井と夕貴の親密さを聞かされると
平穏でいられなくなる。
(ビジネスライク・ギンブアンドテイクなの。私は・・)
真央がそばにいてくれるから、平静を装っていられる。
母親失格でも、娘の前で無様な格好は出来ないもの。
『新しい雑誌、売れるといいね。』
『ええ、もちろん。あなたにもお礼しなくちゃ・・』
『ええ?何、俺、何かした?』
『今井が、あなたに会わせてくれて、ありがとうって言ってた。』
『美帆、そんなこと言ったの?』
『あなたといると、イメージがあふれてくるんだって。』
夕貴は、思わせぶりに笑うだけで、なにも言わなかった。
謎めいて、腹を探らせない男。
『じゃあね、今度、あなたの誕生日パーティーに、自腹でお花送るわ。』
『へえ・・・実は、来週なんだ。』
『ええ?いつ?』
『11月4日、蠍座の男なの。俺。』
『そう、じゃあ、お誕生日パーティーで、一番貧弱なお花があったとしたら、
それが私のだから、覚えといて。』
涼子は、頭の中で、店に飾られる華やかな花々の中で、自分の花が貧弱に
飾られてるのを想像した。
『アハハ、いいよ。気持ちだけで。』
『そうはいかないわ。今日も、私のおごりよ。一番高いの頼めばいいわ。』
『ああ、朝から食べられないよ。だから、朝に呼んだわけ?』
夕貴は、笑いながら、メニューを見る。
『ううん。それは違う。』
『・・・?』
『朝のあなたを見るのが好きなのよ。誰の手垢も付いてないから・・
それだけよ。』
『・・・・涼子さん。』
真央は、大人の会話にまんじりもしなかった。