第1話 プロローグ
地下鉄を降りると、地上に向かう階段を、私は息せききって、一気に駆け上がった。
階段を一段踏むのももどかしく、このまま夕貴の所まで、
飛んで行けたらいいのに・・と思う。
地上に上がると、私の胸の鼓動は尚高まり、汗が額から流れ落ちた。
雑踏の中、叫び出したい気持ち。
夕貴を思い続けた月日を思うと、涙ぐみたくなる。
(彼は・・私に気づいてくれるだろうか???)
そして・・・私は6階の書籍コーナーまでエレベーターを上って行った。
まるで天国の階段を上る気分だった。
その人は、人混みの中に埋もれて座っていた。
ファンとおぼしき、読者の列は途切れることはなく騒々しい。
先日大手出版社の大賞に輝き、初版30万部を売り上げ、注目の作家。
桜居夕貴が、目指す相手だった。
あれから十年の年月がその顔に刻まれ、30代前半の男の色気にあふれ
夕貴は魅力的だった。
作家としての自信と活力にあふれていた。
まだ20歳の小娘の真央にとっては、夕貴は忘れられない男なのだ。
真央は夕貴の本を購入し、その読者の列に並び、息を潜めて
自分の順番を待った。
その間、10年前の夏の夜を思い出していた・・・・。