3.リンゴはおいしい
耳がおかしくなったのかな。今、この娘はなんて言った?
「えっと、お嬢さんが自分から進んで宝石を渡そうとしてたみたいに聞こえたんだけど......?」
少女の美しく、色素の薄い髪が揺れた。
「そうですよ?あの人達はお金に困ってたんです。だから宝石を渡してあげようと。何か間違ってますか。」
少しむっとしたような顔で少女がこちらを睨み付けた。はっきりと聞こえた。今のは、聞き間違えではない。
(あっ、駄目だ。この娘本物の馬鹿だ。)
「じゃあ、俺もお金に困ってるからお金ちょうだい。」
「嫌です。お兄さんは何か嫌。」
「ええ~。じゃあ、従者とかはどこにいるか分かる?」
「いないです。皆いなくなりました。」
「......じゃあ、家族とかは?」
「......いないです。皆死んじゃいました。」
「......。」
「......。」
「......リンゴ食べる?まだ食べてないやつ。皮も食えるよ。」
鞄から出したリンゴを少女の目の前に差し出してみる。
「頂きます。......美味しい!」
少女は膝にしいた刺繍入りのハンカチに汁を垂らさないように気をつけて大きなリンゴにかぶりついている。すごく美味しそうだ。
ゆっくりと少女の隣に座りながら考える。
(やっぱり、庶民にしては所作とか見た目が綺麗すぎるような気がするんだよね。没落した元貴族ってところか。)
「ねえ、お嬢さん、」
「皮はちょっと固くて不味いイメージがあったんですけど間違ってました。シャキッとしてて皮のそばの身もあまいんですね。びっくりしました!色も赤から緑になるところとか綺麗で見てて楽しいですね。あ、こういうのをまるで宝石のようだって言うんですよね。果汁が一口噛むごとに溢れでてきてすっごくジューシーというか、それなのに甘いだけじゃなくて後味はスッキリしてて爽やかで――」
「誰が食レポしろと。」
トスッ。軽い手刀を食らわせる。良く見るとキラキラと存在を主張している翡翠のブレスレットに果汁がべったりとついている。どれだけ夢中で食べたんだ。
「あぅ、すみません。あまりにも美味しくて。」
「それよりも行くところはあるの?」
「ないです。」
やっぱりか。このまま放っておくと騙された挙げ句、娼館とかにいっちゃいそうだ。見た目は人形みたいでかなり綺麗だし。
「はぁ。」
思わずため息をついてしまう。
(もう乗り掛かった船だよな。このまま死なれても後味悪いし。何より身につけている宝石だけでもかなりの値段がつきそうだ。)
「じゃあ、俺と一緒に来ない?最低限の衣食住は保証するけど?」
「良いんですか!?ありがとうございます!」
「勿論、ちゃんと働いてもらうけど。」
少女は頬を薔薇色に染めて何度も頷いた。
「はいっ!よろしくお願いします!」
(うわぁ、馬鹿だなぁ、この娘。また騙されたらどうすんだ。あぁ、この娘的には騙されてないんだっけ?まぁいいや宝石代くらいは面倒みてあげよう。)
手の汚れを払いながら立ち上がる。
「よしっ、じゃあ冒険屋ギルドに行こうか!」
――パシッ。俺が差し出した手を少女が強く握りしめた。
あれ、ヒロインの名前出てこない...?
多分、次で出ます。多分。