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真っ当な人

作者: 昼行燈

深夜0時を回った頃タクシー運転手の丸山は客のあてを探して繁華街に差し掛かった。

この男、今はタクシーの運転手をしているが、以前他の職場で同僚の金をちょろまかし追い出されたりと小狡い男であった。

さて、そんな丸山が大きい通りに入っていくとすぐに呼び止められた。しかし、すぐに乗り込もうとはせず運転席の窓を叩き窓を開けさせた。

「はい、はい。なんでしょう?」

「すまないが送ってもらいたい子達がいる」

そう言って男が体を避けるとそこに身なりのいい若いカップルがいた。いや、若いというより若すぎる。明らかに未成年であった。丸山がよく場所を確認してみるとそこはラブホテルでそのようなカップルがいるようなところではない。

「旦那、あっしは犯罪の片棒を担ぐ気はありませんぜ」

「バカを言うな。受付で揉めていたところを説得したんだ。見ればわかるがこんなところにいて良い子たちじゃない」

「まあ、それはわかりますがね」

男の連れであろう女性が二人にタクシーのそばに行くよう促していた。

「まあ、もらえるものをもらえるなら構いませんがね。それが仕事ですから」

「そうか。助かる。おうい、話はついた。乗ってくれ」

丸山はドアを開け、カップルが乗ってくる。

「それで、お客さんどちらまで?」

丸山の質問に二人は答えた。さすがに未成年だけあって車で行けばそんなに遠くないところに家があるようだ。

「すまないが、俺はこの辺りに詳しくない。二人の家までいくらかかりそうなんだ?」

丸山はさっと頭でソロバンを弾いた。二人を送っていくのにだいたい5千円もあればお釣りが来る。

しかし、この男、生来の小狡さで考えた。少しぼってやろうと。ついでにこの旦那の人となりも見てやろうと思った。

「そうですねぇ、だいたい5千円を少し超えるくらいでしょうか」

「そうか。ならこれで」

男は財布からさっと1万円を取り出し丸山に渡した。丸山はしめしめと思っていた。

「旦那、これは」

「釣りはいいから取っておいてくれ。もし、万一足りないことがあったらここに電話をくれ。必ず超過分を払おう」

そう言って男は携帯の番号を手帳に書き、その紙を丸山に渡した。

「旦那、良いんですかい?あっしが嘘ついて旦那からさらにせしめようとするかもしれませんよ?」

「そうなったらそうなったで構わんよ。俺に見る目がなかっただけのことさ」

それにと男は続ける。

「俺にとって大事なのはこの子達を無事に家族の元に帰すことだ」

そう言って男は笑みを浮かべた。その物言いに丸山は驚いた。こんな真っ当な人がいたのかと。今までの人生で出会ったことのないタイプだった。

「頼む。あんたを男と見込んで改めてお願いする。無事に届けてやってくれ」

「そうまで言われちゃあ仕方がない。必ず届けますよ」

思えば丸山はこのように自分に頼み込んだ人間はいなかったと思い至った。初めて何かを真剣に頼まれた気がした。

あれをやっとけ。これをやっとけ。これくらいならできるだろう?などと。皆どこか自分を下にみるような、他の誰でも良いような物言いばかりだったように思う。それがこの旦那は自分を信じて頼んでいる。自分の胸に熱いものがこみ上げてくるように感じた。


タクシーは出発した。まあ、それはそれとして、特に1万円はもらい過ぎと言うこともなく出発した。丸山としてはやはり金は大事だし、もらった分の仕事をすれば良いと思っていた。生来の小狡さはそうそう変わらないようだ。

走り出してすぐの交差点でひっかかった。すると後ろの方が妙に赤い。ミラー越しに見ると先ほどの場所にパトカーが停まり、警官が男と話している。思わず丸山は笑みを浮かべ、後ろの二人に話しかけた。

「坊ちゃん、嬢ちゃん。後ろを見てみなせぇ。お二人は運が良い」

その言葉に二人は後ろを振り向き、息を飲んだ。

「お二人がさっきの旦那に会わなきゃあお二人はしょっ引かれてたでしょう。前科はつかないでしょうが素行不良で家と学校に連絡がいったでしょうな」

丸山の言葉を聞いて二人は青ざめた。

「本当にお二人は運が良い。ああいう真っ当な人に出会えたのは貴重だ。これに懲りたらもう道を外れるようなことはしないことです。でないとあっしみたいになっちまいますからね」

あっはっはと笑いながら丸山は信号が青に変わったのを見て車を走らせた。

程なくして女の子の家の前に到着した。

「お嬢さん、着きましたよ。坊ちゃん、一応お嬢さんが家に入っていくのを確認してから出発しますからね」

そう言いながら丸山はドアを開け、女の子はタクシーを降りる。男の子に挨拶し、運転席に向かって一礼してから彼女は家のドアを開けた。

すると凄まじい怒鳴り声が聞こえてきた。思わず関係ない丸山でさえすくんでしまうほどだった。

(ああ、これはいけないねぇ)

丸山は後部座席の窓を開け、運転席から降り、外から男の子に話しかけた。

「坊ちゃん、すまないが車が邪魔になってるようだったら大声で呼んでくだせぇ。ちょっとばかし行ってきますんで」

そう言って丸山は怒鳴り声の元に向かっていった。丸山は内心そこまでしなくて良いとは思いつつもまあ約束してしまったしなぁと思い、向かっていった。

「すいません、すいません」

「なんだ貴様は」

「へい、あっしはお嬢さんをここまで送ってきたタクシーの運転手です」

「なんだ、代金か?いくらだ?」

「いえ、代金は先払いでもらっておりまして、頂かなくても結構です」

「ではいったい何の用だ。これのことは家の問題だ。口を挟まないでもらおう」

「いえ、口を挟む気はありません。ただ」

「ただ、なんだ?」

「ただ、あっしはお嬢さんを無事家に送り届けるよう頼まれたんです。まだそれが終わっていないようでして」

「何を言っている。ここはこれの家で間違いない。仕事は済んでいるだろう」

「いえ、まだですね。大事なことが済んでいません。帰ってきて最初にすることが」

思わず女の子の父親は丸山の物言いに怒鳴ろうとした。しかし、あなたと母親が止め、女の子に向かって、

「おかえり」

と、女の子を抱きしめた。心配したのよと。

それに泣き出した女の子を見て父親も今までの怒気が嘘のように引っ込んだ。

「へい、確かに無事に送り届けました。それではあっしはこれで」

それをみた丸山は一礼をして去ろうとしたところを父親に呼び止められた。

「なんでしょう?」

「ああ、お恥ずかしいところをお見せした。あなたに改めて礼をしたい」

そう言って父親は財布から1万円を取り出した。

「いやいや受け取れませんよ。あっしは頼まれてお嬢さんを送っただけですから」

「いや、それではあなたに申し訳が立たない。我々の感謝の気持ちを受け取ってほしい」

「はあ、そこまで言われるんなら」

そう言って丸山は1万円を受け取りドアを閉めた。

内心丸山は今日はついてるなあと思っていた。少し善人に振る舞ったら臨時ボーナスが入ってきたのである。これは使えると。

「坊ちゃん、お待たせしました。すぐに出発しますんで」

そう言って運転席に乗り込み少し良い気分でタクシーを出発させた。

「ねぇ、おじさん」

「はい、なんでしょう?」

丸山はバックミラー越しに男の子を見た。

「おじさんみたいになるにはどうしたら良いですか?」

ミラー越しに見た男の子の目はとてもキラキラしていた。




「ああ、旦那ですか?無事二人とも家に届け終わりました。いえいえ、超過なんてありませんよ。仕事の終了の報告です。また何かあったらお声がけください。すぐに伺いますんで。お代?お代は入りません。前払いで2万とちょっと頂いてますから」








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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の昔カタギのいい人感。 [気になる点] 最初の設定が割と死に設定になっているような。 [一言] 主人公手抜かずに仕事しましたね。
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