ラブレターの意味
小学校や中学校の時、いじめに触れたことはあると思う。
実行犯だったのか、傍観者だったのか、被害者だったのか、ちなみに僕は最も大多数であろう傍観者だった。
しかし、この3つ以外の立場がないわけじゃない。
いじめられてる者を救おうとするもの─ヒーローと呼ぶには大仰すぎ、むしろ今の時代なら偽善者とでも呼ばれるかもしれない。
そういうヒーローを、いやそれとも偽善者を君は見たことはあるだろうか。
助けようとして助けられず、矢面には立ちたくないのに、傍観者であることは許せない。
今言えることは、そんな人間とはなるだけ関わらない方が身の為だ、ということだ。
「でさ、お前はどうなんだよ」
次は国語か。漢文苦手だからノート見とこうかな......。うーん。
「おい、聞いてるか?」
でも、運良く今日は先生に当てられないかも......どうしようかなあ。
「おい!」
友達に肩を掴まれて我に返る。クラスの喧騒が耳に帰ってくる。
「ごめん、聞いてなかった......何の話?」
「お前、よくこの話題で気をそらせるな......だから、お前はこのクラスでどの娘がタイプだって聞いてるんだよ」
「ちなみに鈴木は大川だそうだ」
僕の机の周りに3人、友達が集まっていた。
「うーん、そうだなあ......」
この手の話題は苦手だ。適当に答えてお茶を濁そう。
「三田さんとか、かわいいよね」
身長は160そこそこ、黒髪ロングの無口な子だ。彼女なら、無難だろう。友達と被ることもないはずだ。
「......え?」
無難な答えを選んだはずなのに、何故か3人が3人とも、顔を強張らせた。
「ああ......まあ、確かにかわいいな」
何だ?反応がおかしい。
「でもさ、」
友達の口が開くのがスローモーションに見えた。
「三田って、いじめられてるじゃん」
意味を理解するのに数秒。やっと反応する。
「......え?そうなの?」
「普通、気づくだろ......まあ確かにおおっぴらにはやられてないけどさ」
「靴に画鋲とか、教科書隠したりとか......ほら、深井がいる女子グループあるだろ。あそこがやってるんだよ」
いわゆる、学校ヒエラルキーの上位グループだ。成績も良く、先生の受けもいい。
「そうなんだ......」
授業開始5分前の予鈴がなる。
「いや、悪くはないと思うよ......でもまあ、三田はやめとけな」
「もう授業始まるし帰るわ」
「また後でなー」
それぞれの席へと帰っていく友達に手を振る。
そうだ。誰がいじめられていようと、自分には関係ない。
授業に備えて、僕は蛍光ペンで彩られたノートを見つめる。
自分には、関係ない。
次の日の朝。
偶然、下駄箱で三田さんを見かけた。
昨日の友達の言葉を思い出す。
<靴に画鋲とか......>
気になって、彼女が靴を履き替える様子を見る。
彼女はまず自分の靴を脱ぎ、下駄箱から上履きを取り出して、まるで上履きに砂でも入っていたかのようにひっくり返して、手の平に何かを取り出してから、履き替えた。
その間、三田さんは表情一つ変えなかった。
いじめは現在進行形で続いていて、彼女もそれに慣れている、のか......。
じっと見すぎていたのか、怪訝そうな顔をされた。
「何?」
「えっと......あー、何でもない」
「そう」
変なやつだと思われたかな。
その日もいつも通りに友達と喋り、授業を受けた。
いじめられている、と認識すると今まで何故気づかなかったのかわからないくらい、それははっきりと伝わってきた。
何となく一人でいることが多いなあとは思っていたけれど......クラスの女子の大半は深井のグループについている。
中立派の中でも気が強い子だけが、グループ分けの時などコミュニケーションを取らざるを得ない時だけ、話しかけているようだった。
かく言う自分も、見ているだけだ。いじめを傍観しているやつも同罪だとか、昔読んだ本に書いてあったっけ。
それでもいい。自分がいじめられるよりは。
4時間目の数学の授業。
先生が教室に入ってきてすぐに、三田さんが駆け寄って行って何か話すのが聞こえた。
気になって耳を傾ける。
「先生、教科書とノート忘れました」
拳を強く握って、肩が震えているように見えた。
「またか、隣のやつに見せてもらえ。最近弛んでるぞ」
「......はい、すいません」
すぐにピンときた。
深井達がいる方を見ると、薄笑いを浮かべて三田さんが謝るのを見ていた。
自分で頭に血が上るのがわかった。
でも、だめだ。
動いちゃいけない。
自分がいじめられたくないなら、動いちゃいけない。
所詮、ただのクラスメイトだ。
あれくらい、僕なら流せるはずだ。
次の日、登校するとクラスがざわついていた。
主に男子が。
鞄を置いて、話の輪に加わる。
「何かあったのか?」
「あったというか、なかったというか......」
「どっちだよ」
「いや、あったんだけどな......いいか、驚くなよ」
ハードル上げるなあ。
「クラスの男子5人同時に、ラブレターを貰ったらしい」
「それは驚きだな!」
「でも、差出人の名前が全員かかれてないんだ。しかも5人同時だしな。100%、いたずらだな」
「あー、それであったけど、なかったって言ったのか」
「そうそう」
このニュースは昼休みには
全クラスに知れ渡っていた。
退屈な学校生活に一時の潤いをもたらしたと言ってもいい。
もちろん三田さんだけは、我関せず、というような無表情でいつもとなんら変わるところは
なかった。
次の日、また俺のクラスの男子5人の下駄箱にラブレターが入っていた。
昨日の5人とは一人も被っていない、別の5人に。
その次の日も。
さすがに怒り出す奴も出てきた。まあ当然だ。
男子の下駄箱を見張って、入れにくる奴を取っ捕まえるという奴まででてきた。
「1回や2回なら面白いけどさ......さすがにしつこいよな」
「そうだな」
同意を示して頷く。
どうでもいいけど。
「で、男子の下駄箱を見張っていたら、今度ラブレターが入れられていたのは女子の下駄箱、か」
次の日も登校すると、話題はラブレターの犯人は誰か、ということで持ち切りだった。
「そうなんだよー、俺はもう怒ったね。絶対に犯人を捕まえてやる!」
「おう、頑張れよ」
「気のない返事だなあ」
「そんなことないよ」
そう。そんなことはない。本当に。
その次の日。
自分の下駄箱を開けると、ラブレターが入っていた。しかも5通。
「俺のとこにもきたか......」
取り出すと、目敏く友達が集まってきた。
遠巻きに見ているだけだが、他のクラスの連中もこちらを気にしているようだ。
ラブレター事件の犯人逮捕の為に、違うクラスから人が集まるほどになっているのか......。
「くそっ、今日も捕まえられなかった......俺、朝早くからずっと見張ってたんだぜ?どうやって犯人はラブレターを下駄箱に入れてるんだ」
「さあな......ほらよ」
「え?俺にラブレターくれるの?」
「誤解を招くような言い回しをするな......偽物の、ラブレターだろうが。せいぜい犯人逮捕のために役立ててくれ」
「ん、わかった、期待してくれ」
「ああ、期待してる」
その日の昼休み。次が移動教室でクラスには数人しか残っていなかった。
「放課後、屋上に来て」
小さな声が聞こえた。
顔を上げると、三田さんが自分の机の前にいた。
「わかった」
返事をすると、小さく頷いて教室から出て行った。
何だろう。告白かな。......そうじゃないことを一番よく知っているのは僕だけど。
残りの授業が終わり、放課後になった。
三田さんはもう教室にいない。
「行くか」
誰ともなくそう行って、僕は屋上に向かう。
軽い足取りとは言えない。
屋上に繋がる扉を開ける。
三田さんはもう来ていた。
夕日が眩しい。
「待った?」
「別に。今来たとこ」
冗談で言ってみたのだが、三田さん、以外とノリのいい人らしい。
「単刀直入に言うわね。今起きてるラブレター事件の犯人、」
僕を指差して言う。
「あなたでしょ。」
「何か証拠でもあるのか?」
ノってくれたくれたお礼に、僕もテンプレのセリフを返す。
「物的証拠はない。でもあなたしか有り得ないわ。」
「そう思う理由は?」
「この事件の動機を考えてみたの。単なる愉快犯?そのために5通も置くかしら?それに全ての差出人の名前がないこと......」
謎解きの時、探偵は歩き回るのがテンプレだと知っているのだろう、彼女もゆっくり歩きだす。
本当にノリのいい人だ。
「まるでこのラブレターは偽物ですって強調しているような置き方よね。あれじゃ、誰も本物だと思ってひっかかってくれないわ」
「僕もそう思うよ」
「じゃあ、犯人の目的は何か......そして思い出したの。このラブレター事件によって、何が起きたか」
彼女が立ち止まる。
「ラブレターを入れにくる犯人を捕まえる為に下駄箱がみんなの監視の目に晒されるようになった」
「それが犯人の目的だとして、どうして僕が犯人になる?」
「そしてその結果、」
彼女は僕を無視して続ける。
「私の下駄箱に画鋲を入れるのが難しくなった」
「......僕がそのために一連の騒動を起こしたとなぜ思う」
「私のことを見ている人が、私をいじめる奴以外ではあんたしかいないからよ」
え。
「......そんなに見てるかな」
「見すぎよ。何?私のことが好きなの?」
「......」
「冗談よ。......もうやめてね、ああいうの」
「......どうして」
「焼け石に水だからよ。意味がないわ。実はちょっと嬉しかったんだけどね。でも、もしあんたがこの為に事件を起こしたってばれたら大変なことになるしね。それにあれくらいのいじめ、どうってことないわ。私、結構強いのよ。それに、......」
「わかった」
喋る彼女を遮って言う。
「もうしない」
「うん、それでいいわ」
「そして、」
彼女の泣いてるような笑顔を見て思わず言ってしまった。
「今日は一緒に帰ろう」
「......え?」
今日も僕は退屈な学校生活を送る。
前と何ら変わるところはない。
三田さんは相変わらずいじめられていて、誰もそれを助けない。
僕は相変わらず漢文が苦手で、友達とはとりとめのない会話で時間をつぶす。
ただ唯一変化したことといえば─
「待った?」
「別に。今来たとこ」
放課後、三田さんと一緒に帰るようになった。
彼女は僕に、今日いじめられた内容について話す。
まるで、自分の好きな趣味について語るような、明るい表情と声で。
僕は黙ってそれを聞く。
「ねえ」
「何だよ」
「私、今日頑張ったよ」
「うん」
「だから、頭撫でてよ」
......本当に変な関係だ。