とおりあめ
雨が突然降り出してきた。
街は急に騒がしくなり、通行人が、まるで蜘蛛の子を散らしたように
雨宿りの場所を求めて走り出す。
さっきまで陽が射していたのに、数分で雲が広がった。
秋の冷たい雨に打たれ、小走りになりながら
ただ、家を出る前に母に言われたことを思い出している。
「何が起こるか、わからないからね」
「準備は、しておいたほうがいいわよ」
学校に行く前にまるで口癖のように、ぼくに言う。
“しっかり勉強しなさいよ”って意味も込めてだろう。
駅前から数メートル離れた古い個人商店の軒下に逃げ込む
少し濡れた、寒い。
家に帰り母は、ぼくの姿を見てこう言うだろう.
「ほれ、みたことか」
きつい言葉だけど、気にしないでおこう。
いつもは賑わいを見る駅前通り、傘をさす人がたまに通り過ぎて行く。
「準備は、しておいたほうがいいわよ」
雨粒をぼんやり見つめながら、この言葉をまた思い出す。
そこへ!
一人の少女が小走りで駆けこんで来た。
先客がいることを確認して、
ぼくには目を合わさないように顔を俯いて軽く会釈をした。
「おじゃまします」と心の中で呟くように。
自動販売機が軒下に所狭しと並ぶ店先、狭苦しい。
少し動いたら、彼女の肩に触れる至近距離。
雨に濡れて汗をかいた、独特のむせ返るような匂いに包まれながら。
彼女もぼんやりと雨粒を見上げている。
「君も準備を怠ったんだね^^」
同じく心の中で呟きながら彼女をちらっちらっと見る。
あれ?
もしかして・・・「しのちゃん?」
あっ!「まぁちゃん?」
「あ・・・久しぶりだね」
しのちゃんは小学生の時の同級生、当時はまるで男の子のようだった。
それが髪の毛を伸ばしてスカートを穿いている。
「あれ?その制服・・・・ダム女」
「知らなかったんだ」
ダム女は、市内で一番偏差値の高いミッションスクール。
中・高から大学への一貫教育、エスカレーター式に進学。
それで、中学校から忽然と姿を消したんだ。
小学校卒業したら、みんな同じ地域の公立に入学するもんだと
その時は思っていたけど。
こうして、中学校からすでに別の道を進んでいたなんて。
ぼくは、ホラ、見ての通り。
市内の普通科、クラスから4,5人が進学するという
ちょっぴりおバカだけど、自由な校風。
しのちゃんは、「あっその制服は・・・」なんてあえて聞かない。
ぼくは、まだまだ人生の準備期間中。
傘すら満足に準備できない。
エリート街道をひた走る「人生の準備万端」の
しのちゃんとは、別世界の人間になってしまったね。
そういえば、小学校最後の日・・・嫌がるしのちゃんの通信簿をふざけて
取り上げ、チラッと見たら全部◎だった。
少しショックだったのをよく覚えている。
「まぁちゃんとは、よく遊んだね^^懐かしいな」
「うん、そうだね」
よそよそしく、目を合わせず横を向きながら話しだす。
「いっちゃんや、かつ君、元気かな?」
「もうツルんでないよ、高校別々になった」
しのちゃんは、女の子同志で遊ぶよりも男の子と遊ぶほうが好きだったみたいで
よくぼくたちと「鬼ごっこやかくれんぼ」していた仲だった。
小学校高学年でも、校庭を駆けずり回る子供っぽい遊びが好きだったね。
あれから4年。
お互いの存在を忘れかけていた時の突然の再会。
「あの頃は、楽しかったな」
しのちゃんは、あの時を覚えていたんだ。
「くしゃん」
しのちゃんが突然のクシャミ。
口をハンカチで押えて女の子らしい仕草。
「上着脱がないとね」
狭い店先で、たまにぼくに手や肩が当たり
「あっごめん」って言いながら窮屈そうに黒いブレザーを脱ぐ。
ぼくは、出来るだけ、場所を広げるように肩を狭めて、
雨に濡れそうになるまで軒下の端に寄る。
何だか、小恥ずかしい・・・・小学生の時は、そばで何をしても平気だったのに・・・
しのちゃんは少し腰をかがめながら、濡れたブレザーを慌ててたたむ。
長くなったサラサラの髪の毛を後ろから片手でバサッと靡かせる。
うなじを少しだけ見せた瞬間にぼくの方に振り返った。
「窮屈だったね」
その時、久しぶりに眼と眼が合った。
パッチリとした二重の瞳、以前からこうだったのかな・・・
肌が少し黒いのだけが変わらない、昔の面影が消え失せようとしている。
大人になった。
彼女を見つめてしまった・・・その時
雨に少しだけ濡れたワイシャツから、薄らとブラジャーのラインが眼に飛び込んできた。
しのちゃんが突然「あっ!」と言った。
ぼくは、慌てて視線を反らす。
「雨あがったよ」
「あっ・・・(汗)そっそうだね」
また街が賑わいを取り戻したように活動を始める。
「“とおりあめ”だったね」
再び陽の光が活動を始める。
突然の“とおりあめ”二人を偶然立ち止まらせた。
「行くね」
「うん」
彼女は、軒下から抜け出し雨が完全にあがったのを確かめて
二、三歩いてからぼくの方を振り返り手を振って
「まぁちゃん、またね」って言って、足早に歩き出した。
「うん、またね」
ぼくは、彼女とは反対方向へゆっくりと。
また、別々の道を歩み出す。