勇者
「沙耶さん!こちらになります!」
案内された家はなるほど、この辺りでは一番目立つ綺麗な家である
村長用の貸家で各村には必ず建てるよう法律で決まっている
きっと中も綺麗に違いない・・・と思っていたのだが
「掃除からか・・・」
扉を開ければ埃の絨毯がお出迎えをしてくれた
部屋の隅には蜘蛛が巣を張っており長年使われていない事がひと目に分かった
ジト目でリードを睨む
「申し訳ありません!ライタのやつに頼んでおいたのですが!」
「責任転嫁はよくないですよ・・・はぁ、取り敢えず掃除しますね」
業者に頼んでもいいがあいにくとどこも出払っている上経費も限られている
サラリーマンは楽じゃないね
天井の埃を叩きで落とし床を箒で掃き雑巾を掛ける
幸い家具は全て揃っており生活には問題なさそうだ
見違えるような我が家(貸家)を満足げに頷いているとコンコンと扉を叩く音が
なにか頼んだだろうか?リードさんかな?
「はーい、どちら様ですか?」
「・・・」
返事がない
ナイフを抜き逆手に持ち、すぐさま臨戦態勢を取る
まだ人通りのある時間とはいえ油断はできない
出鼻をくじくために魔王軍がここまで刺客を放つ可能性だってある、治安が落ち着いてるとはいえ物取りや強盗の可能性だって
扉の側面に立ち扉を開ける
「ギギギ」と不器用な音をたて扉が開いた
あとは入ってきた奴の喉元にナイフを・・・
・・・?
入ってこない?
そろりそろりと扉の外を見るとオーガが不思議そうな顔でこちらを見ていた
「もぅ、クラウスさん居るなら返事してくださいよ」
「ん」
「ん、じゃないですよ!」
「ん・・・」
あ、しょげてる
「しょぼくれた顔しても駄目です、そんなんで宿屋大丈夫何ですか?」
少し表情で言いたいことが分かってきているのが嫌だ
「それでどうしたんですか?」
「ん」
差し出されたかごの中には食料がぎっしり詰まっていた
「・・・いいんですか?」
「ん」
入居祝いだろうか、何にせよ嬉しい
「ありがとうございます!」
「ん」
アフターケアまでやってくれる宿屋なんて初めてだ、ますます宣伝しなくては・・・
・・・
良く晴れた昼下がり
市場の賑わいもドラゴンが去ってからは日に日に大きくなっていく
そんな事をぼーっと考えながら歩いていると声をかけられた
「沙耶ちゃん今日は良い肉入ってるよ!」
肉屋の親父さんだ
村に来たばかりの時はやせ細った身体で何も置いていないまな板に向かってブツブツ呟きながら包丁奮っていたのに今ではボディービルダーも真っ青になる健康的な肉体に白い歯をキラリとさせて爽やかな笑顔をこちらに向けている
「本当ですか!?久しぶりに肉でもいいかな」
「可愛いからおまけしちゃう」
「おじさん大好き!」
二週間も経てば顔見知りも増えるってものだ
「あら、沙耶ちゃん!今日は玉ねぎが採れたてなのよ!」
八百屋の女将さん
村に来たばかりの時は石の入った籠に値札を差してままごとをやっていたのに今ではボディービルダーも真っ青になる健康的な肉体に白い歯をキラリとさせて爽やかな笑顔をこちらに向けている
「いいですね!一つ頂きます!」
・・・健康的なのはいい事だよね。よし、今夜は野菜炒めにしよう
「あ!おねーちゃん!今日学校でね!」
魚屋の一人娘のテトラちゃん
今ではボディービルダーも真っ青な・・・真っ青な・・・
・・・ちょっと待て!
肉屋の親父さんはともかく女将さんとテトラちゃんはおかしいだろ!
周りを見渡してみると右もマッチョ左もマッチョ
なぜ今まで気づかなかったのだろう
いや、朝までは普通だったはず・・・うん?普通だったよね?
記憶がひどく曖昧だが普通であったと思い込むことにしよう
確か勇者が来るのが今日なはずなのにまた一騒動か・・・
痛くなる頭を抑えながら家路に着く
しかし肉体強化の魔法はあるのは知っているがほぼ村一つを丸々マッチョにするような広範囲なのは聞いたことがない
仕方がない、お母さんに聞いてみるか・・・
(お母さん・・・マッチョになる魔法って知ってる・・・?)
(あらあらまぁまぁ、久しぶりに沙耶から連絡があったと思えばマッチョだなんて沙耶も年頃なのかしら?そんな事を聞くなんて)
(いや、そんな趣味はないんだけど・・・ちょっと担当してる村でマッチョが流行っててさ)
何を言ってるんだろう私は
(あら・・・そう?)
なんで残念そうなんだ
(そうなの、だから何か村一つまるまるマッチョになる様な事例があったら教えて欲しいんだけど)
(そうねぇ、ちょっと待ってなさい)
ペラペラと魔導書をめくる音が聞こえる
ここ数100年の事件を記録した魔導書だ、ここに載っていなければ逆にそれこそ創世記以前の出来事になってしまう
(・・・肉体強化系の魔法だと土竜が100年くらい前に1度起こしてるわね。あとは回復魔法の過剰摂取でも起こった事例があるわね)
肉体強化系だと土で回復魔法と言うと・・・水・・・かな?うーん・・・
「失礼する」
「うーん・・・何でだろう・・・」
「すまない、ここは村長の家であっているだろうか?」
「うーん・・・うん?うわっ!」
気づくと目の前に黒いローブに黒いブーツを履き片目は眼帯をした見るからに怪しい男が立っていた
「ここは村長の家であっているだろうか?」
まさかとは思うが・・・
「え・・・えぇ、そうですが・・・」
この見るからに闇属性の怪しい青年が・・・
「では貴方が?」
30年に1度しか生まれないという
「・・・こほん・・・はい、私が村長です。それで貴方は?」
光属性の・・・
「くっくっくっ」
「!?」
「くはははは、俺の名前は漆黒の闇の死者、闇に紛れ私と相対するものに死を与えるもの!名はジェノ!くくくく!これは運命の悪戯か神々の試練か!よもやこのような可憐な少女が村長とは!この少女が私に試練を与えたもう使者か!」
これが勇者!?
「・・・あの、貴方がもしかして勇者ですか?」
「くっくっくっ、この全身を覆う光と闇が備わり最強に見えるオーラに気づくとは・・・さすが村長!」
間違いであって欲しかった・・・私の勇者像が音を立てて崩れていく