宿屋
「さて、と」
話もまとまったし聞きたいことも大体聞けた
とりあえず今日は今日の宿を探そうか、報酬もそんなに高くないし安宿でいいや
・・・あ、宿屋の場所聞くの忘れてた
通りすがりの人に聞いたところ一番安いらしいホテルがこの先にあると聞いた
皆一様に「慣れればいい所だから」と言う語尾が必ずついていたのがすごく気になったがよっぽどボロいのだろうか?住めば都とも言うし仕方ないかと思いつつ歩みを勧めた私を待っていたのはそこらの宿よりよっぽど立派な宿だった
道の確認をしつつ間違ってないか地図と見比べるがここであっているらしい
しばらく宿屋の前で考えていたがここで考え込んでも仕方ないと一念発起して扉を開ける
さて、蛇が出るか竜がでるか、まぁ美味しい話の裏だ何かあるに違いない
「すいませーん、1泊したいのですが」
ちりーんちりーんと小気味よく来訪者を知らせるベルがなり扉を開けた私を待っていたのは
鬼だった
「な!」
咄嗟の出来事で反応が遅れてしまった
鬼の右手が刃物の様な薄いものを横薙ぎに振られる
観念し、目を瞑る
切られる姿はあまりいいものでもないし見たくない
お父さんお母さん先立つ不幸をお許しください
しかし、いつまで経っても体に異変がない
恐る恐る目を開けると目の前の鬼は宿帳を差し出していた
東洋では鬼と呼ばれ西洋ではオーガと呼ばれる魔物、村長村ではなまはげとも言われている
そんな鬼によく似た主人だ
近所の見知った顔ならともかく一見さんは回れ右するだろう
安い理由がよく分かった
宿帳に名前を記載すると
「ん」
鍵を目の前に置かれる
なるほどなるほど、口数の少なさが更に客足を遠くさせてるのね
と言うか大丈夫なのかこの宿屋は
「ありがとうございます」
「ん」
鍵を受け取り2階へ上る
階段は丁寧に掃除されておりチリ一つ見当たらない
踊り場にはよく手入れされた観葉植物
「おぉ」
部屋の扉開けると立派なベットに日当たりの良い部屋でとても安宿には見えない
教えてくれた通りすがりのお兄さんありがとう
さて、とりあえず落ち着ける拠点も確保できた
ベットに腰を掛けつつ先ほどの話を思い出す
ドラゴン・・・ドラゴンか
お伽噺で出てくる悪役
村を覆うような翼で空を飛び風圧で何人も寄せ付けず
強靭な爪を持ち分厚い鱗は槍も通さず
一度火を吹けば辺り一面焼け野原
魔王軍であれば中堅以上の兵士でそれこそこんな田舎の兵士では餌にしかならないだろう
まぁドラゴン1匹くらい何とかできないようでは村長なんて務まらないが
さて、聞いた情報を少しまとめておこう
一つ、火を吹くって言っていた
二つ、昼間は狩りのために森を離れるらしい
三つ、目撃者によるとその鱗は赤く岩のようにゴツゴツしていたとか
「・・・よし!」
作戦が決まった
倒せないことも無いが今回は穏便にお帰り願おう
そうと決まればまずは鍛冶屋だ
あればいいのだが
「あるにはあるが硫黄なんてなんに使うんだい?」
よかった、あった
ドラゴン追っ払うためと言っても笑われるよね
「えぇ、ちょっと火薬作りの勉強に」
「勉強熱心なんだねぇ、まぁ安くしてやるから持っていきな」
「有難うございます」
愛想振りまける顔に産んでくれた親に感謝
あとは魔力を貯蓄する特性を持つ魔石を買って材料の調達は完了だ
あとは宿屋に帰って準備を進めよう
宿屋で魔力を貯めていると頭の中に声が響く
(沙弥や)
(あら?おばーちゃん?珍しいわね、どうしたの?)
(次はいつ遊びに来るのかい?最近、ミケが遊びに来てくれなくてねぇ・・・つまみ食い位で怒らないのに)
ミケ?猫でも飼ってるのかな?
(んー、今の仕事が落ち着いたらそれじゃ久しぶりに遊びに行くね)
(そうかいそうかい!それじゃ沙弥の好きなものたんと用意して待ってるよ)
(ありがと!)
(あぁ、それとミケ何だけどね、見かけたら教えてくれないかい?蒼い綺麗な子なんだよ)
(蒼いのね、まぁそれっぽいの見かけたら教えるね)
(ありがとうねぇ)
ふぅ、すっかり話し込んでしまった
続き続きと
作戦当日、快晴
比較的温暖な地域とは言え朝はそれなりに冷える
「んー、寒い・・・」
寒さで目が覚めた
ベッドからもそもそと起き上がり顔を洗いに流し場へ向かう
「ふぅ」
顔も洗いさっぱりしたところで食堂からいい匂いが漂って来ることに気づく
食堂を覗いてみると美味しそうな朝ご飯と宿屋の主人が待ち構えていた
「ん」
私以外の客は居ないようなのにわざわざ私1人のために作ってくれたのだろうか
「あ、ありがとうございます」
「ん」
魔物に荒らされて物価はなかなか高いと聞く
あとでこの宿屋は宣伝しないとだめだな
柔らかい焼きたてのパンを頬張りつつそんな事をのんびり考える
「ご馳走様でした」
「ん」
大変美味しゅうございました
「あ、今日も泊まっても大丈夫ですか?」
「ん」
宿帳を渡されたので大丈夫らしい
部屋に戻り昨日準備した道具を鞄に詰め込んで宿屋を発とうと部屋のドアを開けたら
宿屋の主人が立っていた
「どぁ!・・・あ、これから外出しますので宜しくお願いします。夕方までには戻りますね」
心臓に悪いが流石に2回目は少し慣れた
極めて平静を装いつつどうしたんです?と聞こうとしたところに
「ん」
袋を目の前に差し出された
「えと、何ですか?これ」
「ん」
袋を手渡され中を見ると干し肉と水筒が入っていた
いいんですか?と主人の顔を見ると無言で頷く主人
んー、サービス良すぎだなぁ
ただ・・・うん、この宿のためにも言っておこうか
「初めて来た時もそうでしたが扉の前に無言で立たない方が・・・心臓止まるかと思いましたよ?」
「ん」
帰ってきた返事は少し元気がないようだった
心が少し痛みつつもこの宿のためこの宿のため
と自分に言い聞かせる
・・・
目的地には思ったより早く着いた
特に村に来た時と装備や状態が変わっていない事を考えると手持ちの硫黄が魔物避けになってくれたのだろう
森の入口を見渡すと異変を感じた
あたりを見渡すと森全体を結界が包んでいる
城に結界師でも居ただろうか?しかしドラゴンが行き来出来るようでは二流か
意図は分からないが好都合である、これくらいの結界であれば動物や人は行き来出来るが風などは避けてくれるだろう
あとは複数ある森の入口に昨日作った魔石と硫黄を置いていくだけ
魔石に封じ込めたのは風の魔力
そこまで大きくもない森である
一日も経てば結界内は硫黄の匂いに満たされるだろう
作戦は極めて単純で帰巣本能を刺激してホームシックにかかってもらうという作戦である
火竜の主な生息域は火山であり岩に含まれている硫黄を火炎袋という特殊な臓器に溜め込み高圧のガスを吹くという特徴を持つ
主食である肉は取れるだろうが硫黄が取れる所がこの辺りに無いため懐かしく感じてくれると・・・どこかの本で読んだ気がする
さて、出来ることはもうないから帰るとしよう
明日の朝が楽しみだ
「沙耶さん!沙弥さんはいらっしゃいますか!?」
「ふぇ?」
次の日、日も真上に上がり気温が上がりきった昼、リードが慌てた様子で宿屋に転がり込んできた
私はと言うと宿屋の主人であり、オーク族とよく間違えられるクラウスさんの出してくれたお昼ご飯を頬張っていたところである
「沙耶さん!あー!いらしたのですね?沙耶さん!一体全体何をしたのですか!?」
反応を見る限り作戦は成功したようだ
ちょっと待ってくださいと両手を広げ市長を制止する
こちらの状況を把握したのかリードも待ってくれた
「あー・・・えーと?随分と慌てて居たようですが何かありましたか?」
「ドラゴンが!ドラゴンが山に帰ったのです!沙耶さんが何かしたんですよね!?」
「えぇまぁ・・・」
勢いに圧され頷いた途端、更にヒートアップするリード
「あぁぁあぁ!失礼いたしました。ご無礼をお許しくださいぃ!」
地に頭を打ち付けんばかりに謝り倒すリード
・・・えらい変わりようで若干ドン引きである・・・が!
何にせよ仕事がしやすくなるに越した事は無いだろう
ようやく始まる初めての仕事である