帝国陸軍に於ける魔術将校に関する概論とギリードゥの射撃能力
魔術将校と言えば帝国軍の中で最も自由の利く将校だ。陸海軍から独立して、出来た帝国空軍も比較的規律は緩いが彼等をしても緩いと言われるのが魔術将校である。
魔術将校は髪の長さも服装も殆ど決まっておらず大正期の軍を遥かに凌ぐ。例えば髪の長さ。男子は教育中は坊主だし、中隊等に配属されても坊主やスポーツ刈り、ソフトモヒカン等が推奨される中、魔術将校は平然と髪を伸ばして前髪で目が隠れてしまう者達も居る。
服装も普段着にする制服は大陸の気候に合わせたカーキと緑の迷彩作業服を着用するのが決まっているのだが、魔術将校では旧来然のカーキ色の制服に人によってはマントや外套まで羽織っていたりするし、帽子もチェッコ帽とかチェコ式軍帽と呼ばれるタイプやベレー帽を被る者も多い。
同時に魔術将校は何時如何なる時でも魔術刀と呼ばれる魔術を行使する際の拠を携行し、魔弾を撃てる拳銃とその拳銃に入る分だけの魔弾をニ弾倉分必ず携行しなくてはいけない。
戦場では、突撃時には砲弾の次に前に出て撤退の際には敵はブービートラップの次に出会う存在とまで例えられる。
つまり、居の一番に突撃して撤退時は殿として残ると言う事だ。その為、死傷率は士官の中ではトップクラスだ。その代り魔術将校には普段の自由と周囲からの羨望が贈られるのである。
「更に言えば各国の魔術将校でも我等帝国陸軍の魔術将校が最も勇敢で精強無比と言われるのは何故か分かるもの」
「はい!御器所生徒!」
拳を握りしめて掲げる。
「御器所答えてみろ」
「はい!それは我々魔術将校は魔術だけでなく射撃、近接戦闘にも精通している事と使い魔と呼ばれる生涯の戦友が存在しているからです!」
入校式は恙無く終わった。そして、午後からは行き成り座学が始まるのだ。
「その通り。
我々魔術将校は魔術だけでなく、射撃の腕、近接格闘戦を確りと習得しなければならない。理由は単純明快。貴様等は他国の魔術将校の様に部隊の後方から魔術を放つ機関銃か迫撃砲の代用ではなく、一騎当千の強者だからだ」
魔術将校概論発展応用と言う科目、教官の大尉殿は交換留学生である米国、英国、ドイツフランスと言った同盟国の魔術将校候補生を見ながら告げた。
勿論、日本からも送っている。
「大尉殿、質問よろしいでしょうか?」
手を挙げたのはフランスからの留学生だ。彼も魔術の適性がある。名前は覚えていない。
「良いぞフランス人」
「ピエールです、大尉殿」
「ああ、スマン。それで、質問は?」
ピエール君は若干イラだった様子で、質問をぶつける。
「大尉殿は我々ヨーロッパの魔術将校を臆病者と言いましたが、我々が機動力の高い重機関銃や対戦車砲等のように行動し部隊の進軍を助けるために機能します。我々がいるからこそ歩兵や戦車部隊が本分をこなせるのです。下手をすればたった一度の攻撃で死んでしまう危険性の在る無謀な事はしないだけです」
ピエールの発言に全員が緊張する。大尉殿はフムと頷き破顔一笑した。
「さて、今のピエールの発言に反対意見がある者」
大尉殿は私達を見回し、怒鳴る。
「誰も居らんのか!」
思わず反射的に手を上げた。
「流石名幼。答えてみろ御器所」
「は、はい」
恐る恐る立ち上がり、ピエール君と大尉殿を見る。
我が軍における魔術将校が何故こうまでも悪く言えば死に急ぎ、良く言えば勇猛果敢なのか?それは我軍の人員の少なさに言える。
我軍は戦前こそ100万とまで言われていたが、それは徴兵制度の名の下に作られた諸刃の剣だ。時代が進むと兵士の質がより重要になり、兵士の単価が上がる。元来、我軍は勇猛果敢で兵卒は元より突撃したがりが多い。
二次大戦以前はエリート意識の高い魔術将校は武士のように一番槍の誉れを求め、以降は魔術将校一人が砲兵一個連隊、歩兵一個大隊、戦車一個中隊、航空機一個小隊に変わりうる戦力になる。つまり、魔術将校は後ろに控える部隊の代わりになりうるのだ。
つまり、魔術将校一人が行けるだけ行って出来る限り部隊を温存したいからだ。確かに、魔術将校を育てるには歩兵一人を育てる以上に金が掛かるし、素養の問題から人材も少ない。だが、歩兵部隊一個大隊を維持管理し部隊を機能できるように管理していくよりは遥かに安いのだ。
「なので我軍の魔術将校は戦力維持の為に一番槍を取るし殿を務めるのです」
「それじゃまるで魔術将校は軍全体を護るために戦い、軍全体を護るために死んでいくんじゃないか!」
アメリカの魔術将校が告げた。当たり前だろうに、何を言っているんだ?
「当たり前でしょう?
私達軍隊は国と臣民を護るためにいる存在しているのよ?そして、その軍隊でも選ばれた者しか入れないこの魔術将校はありとあらゆる帝国臣民を守護する必要があるの。恐れ多くも天皇陛下ですら一度は軍歴にお付きに成られるし、非常時には自らが大元帥閣下として戦争の指揮をお取りになる」
魔力を持たない兵士達は帝国臣民の中から自主的に他の帝国臣民を護るために自ら望んで入ってきた自己犠牲の塊だ。そんな愛国心の強い臣民を護るのが我々より優れた能力を持つ真の帝国軍人なのだ。将校は軍の骨幹であり、骨幹は手足たる諸兵を保護し護らねばならないのだ。
「イカれてるわ、ImperialArmysは」
私の回答を聞いたイギリスの魔術将校がそう呟くと首を振った。それと同時に鐘がなり授業を終えた。日直が号令を掛ける。
「教官にたぁーいし!敬礼っ!」
全員が15度の敬礼をする。大尉がそれに答礼し去っていった。
「次は射撃だぜー」
「拳銃射撃だっけ?」
授業が終わると全員がホット一息付く。私も小さく息を吐いて背もたれに体重を掛ける。ここで教鞭を取る教官殿は全員大睦での豊富な前線経験がある。今の大尉殿も大睦で野戦病院を有する前線基地の警備任務の際に赤痢、中国共産党軍への蔑称として赤痢とかアカとか呼ぶ、のゲリラ数百人の奇襲を受けたのを彼と数人の魔術将校だけで三夜四日の攻勢から守り抜いたのだ。
その際、彼以来の魔術将校は重症又は戦死した。彼自身も頬を手榴弾の破片で抉られており、大きな傷になっている。
「千種、アンタの凄いね」
一息付いていると名幼同期が話し掛けてくる。
「いや、もう、反射で手を挙げちゃっただけだよ」
勘弁してほしい、そう答えると同期は笑いながら私の肩を叩き労を労ってくれた。
次の時間は拳銃射撃だ。将校の携行武器は基本的に拳銃と指揮刀だ。近年では軍刀不要論も出ているがそれでも軍刀を手放す下士官、将校は少ない。歩兵部隊なら普通に小銃も携行するし、それは私達魔術将校も同じだ。
「ギリードゥ」
私が呼ぶとギリードゥがヌッと出て来る。
「次、拳銃射撃だから貴方も参加するのよ」
私の言葉にギリードゥは頷くとスパーンと教室の扉が開く。全員がそちらを見れば、テンガロンハットを被り西部劇に出てくるようなガンマンが巻くガンベルトを腰に巻いたギリースーツがユックリと教室に入って来る。カウボーイギリースーツことカウギリードゥはそのまま私の席の前まで歩いてくるとクイッとツバ先を上下させてコーラと告げた。
「馬鹿な事やってないで、授業で貴方が巫山戯ると私が怒られるんだからね。貴方のせいで怒られたら貴方のお菓子禁止にするわよ」
テンガロンハットをパシンと叩くとギリードゥが任せろと頷いた。不安だが、まぁ、よっぽどの事をしなければ妖精種だからという理由で放免される。
「そろそろ射撃場に移動するか」
幼年学校の敷地内には射撃場も完備されている最長でも300メートルなので機関銃や遠射をする際は帝都から出て近郊の県にある射撃場を有する演習場まで移動する。まぁ、これに関して言えば魔術の実技も同じなので別段珍しい事ではない。
射撃場に移動すると射撃を担当する教官が既に居り射場の確認をしていた。
「お、来たな来たなヒヨッコ共!
俺はあんま堅苦しい事は嫌いだ。やる事やって十の安全管理だけ確りしてくれりゃウルセェ事は言わねぇ。上着も脱いで良いぞ」
髪をオールバックにしてTシャツに迷彩服の下衣と軍靴を履いている。腰にはリボルバー。
しばらくすれば授業開始五分前には全員が揃っていた。教官殿は私達を見回し、満足したように頷く。
「よーし、おっす!」
教官殿はそう曖昧な挨拶をすると簡単な射場の説明をする。射撃に際しては屋内の基本射場だから横風の考慮はしなくて良い、25メートル的は設置されたレールに依って5メートルの至近距離まで設置でき同時に回収もレーンにいる状態で回収が可能。25メートル以上は50メートル毎に機械式の弾痕確認装置を通して確認できる。課業後も申請すれば使うことが出来、弾についても訓練用のホローポイント弾なら何発でも撃って良いらしい。
また、レーン後方には作業台が在るから撃ち終わり次第、各人が銃の手入れをする事が可能。ただし、使用後は使用者が責任を持って掃除と整頓を行う。ブレーキクリーナーオイルやガンオイルが無くなったら教官にいう。
教官は拳銃射撃でオリンピック出場経験も在るし大睦でも戦闘経験が在る。だいたいこんな感じだった。
今日は射撃はせずにこの射場の説明で終わるらしい。
「で、ここ次が一番大事」
ここはマジでしっかり聞けと教官は少し語気を正して告げる。
「この射場では魔弾の射撃は厳禁とする。まだ今のお前等は魔弾を作成して撃つことはないが、後期になればそれもやる。
そして、作った魔弾ってのは撃ってみたくなるが、この射場じゃダメだ」
見ろと教官が一つだけ封鎖してある射撃レンジを指差した。
「アソコな、俺とお前等との約束破って魔弾撃って暴発起こして死んだ奴がいたレンジだ。
上半身吹き飛んでて、ヒデェ有様だった。魔弾ってのはマジでアブねぇんだわ。幸い、その時はそいつ一人がレンジに居たからそいつ以外の死傷者は居なかったけど、お前等は命令があって死ぬなら良いが、そうじゃねぇ時に死ぬことはぜってぇ許さんからな」
「「「はい!」」」
「よし、じゃあ、質問在るやつ」
言われて素早く手を挙げる。
「御器所生徒!」
「ゴキソ?変わった名字だな。何だ?」
「はい。自分の使い魔は銃を使用して戦うのでここで射撃訓練を行わせたり授業に参加させてもよろしいでしょうか!」
尋ねると教官殿は驚いた顔をしてからいせてみろと告げた。なので私はギリードゥを呼ぶ。ギリードゥは古き良き大戦中の帝国兵の鉄鉢と三八式小銃に銃剣を付けて現れた。
「うぉ、何だコイツ?
妖精種か?」
「はい。ギリードゥです」
「ふむ。射撃の腕は?あの的を撃ってみろ」
教官が一つの的を指差す。ギリードゥは私を見るので撃てと告げるとレーンに入って構えるとドンと撃つ。距離は300メートル。小銃の基本射撃の距離だ。ギリードゥは立射姿勢で九九式を構えると暫く狙い、それか引き金を絞った。
脇の観測器を見ると弾は的外、つまりハズレと表示された。ギリードゥはそれを見てから照準を調整し、ゼロ点規制をする。再び引き金を引くと再度的外。それから5発分撃ってゼロ点規制をしたが全て的外だった。
ギリードゥは暫く考えると何を思ったのかいきなりドイツ製のMG42をとりだしてバリバリやりだした。250発を瞬く間に撃ち終えると測定弾数が凄まじい事になっている上に250発中的に当たったのは68発しかなかったし、その中でも的の中心にあたっているのは僅か3発だけだった。
ギリードゥは人間ならドヤ顔をしているのだろう、凄まじく自慢した様子でモニターを指差している
「こりゃヒデェ。よし、コイツの参加も認める」
こうしてギリードゥの射撃授業は許可されたのだった。