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死にたいときに読むテクスト  作者: 美凪ましろ
第一章 何故ひとは自殺をしてはいけないのか
3/53

出産育児の観点から



「なんだ。国家に経済的大打撃を与えうるから自殺を止めろと言いたいのかこの作者は」



 と、思った方はおられますかね。


 テキストという代物は少々誇張するくらいでいいのです。文字のみで人間の五感を刺激せねばなりませぬから、映像や音声作品よりも不利な分、ある程度『煽る』要素が不可欠。


 当頁を最後まで読んで頂ければ。わたしの主張が、『日本経済の損失』を憂う観点には非ずということが、お分かり頂けると思います。


 さて本題。


 まえがきにも書きましたとおり、作者自身の体験を踏まえて書きます。遠野は。


 自分が出産・育児をしてみるまで。こんなにも大変なものだなんて、思ってもみませんでした。先ずね。妊娠。


 妊娠するまでがもう大変で。


 大変といっても不妊治療はしておらず。半年強クリニックに通ってタイミング法のみで妊娠できたのですから、スムーズなほうでした。


 それでも。


 結婚しても妊娠しない期間が五年以上も続き。なんでこんなに妊娠しないのか? と。まったく避妊していないのに。なんで周りのみんなはあんなにさくっと妊娠できるのか? 授かり婚。いったいどうやってぇ? ――と。


 街で見かける妊婦さんや子連れのかたに聞いて回りたい心境でした。なんでわたしだけー! と。


 いま思えば、あの頃、結構こころが荒んでいましてね。


 住むのはファミリータウン。友達ナッシング。とぼとぼ。会社と家を往復するだけの日々。そして家事はほぼ全部わたし担当。めんどくさ。ねえわたしいったいなんのために生きてんの? 家と会社で雑務をこなすためだけですか? 社会にとって不利益な人間? ――そんなときに限って目に入るのは子ども、子ども、子ども。街路樹の落とす影がどこまでも暗かった。


 隣の畑は究極に青かった。スーパーであれ買ってえこれ買ってえと床にローリングオンする我が子に苛々している親でさえ、羨ましかった。


 タイミング法だけで授かったの! と聞くと、特に不妊治療に励んでおられる方からすると羨ましい事実だと思います。ただ、知らないかた向けに補足をすると。


 結婚して五年経っても妊娠していません、でも子どもが欲しいですと、専門の婦人科クリニックに行く。そこでなにをされるかというと。


 簡単な検査です。といっても、妊娠してからも、例の場所に冷たい器具を挿れられるのはいつまで経っても抵抗感を伴いましたね。ものすごく苦手です。そもそも、見せたくない箇所を『曝す』という行為が、もう、ね。で。


 それから体温を記録する用紙を貰い、小数点以下二桁まで表示される専用の体温計を薬局で購入したのちに(これが結構高かった。三千円とか?)、その紙に毎朝毎朝『基礎体温』というものを記すのです。インフルご経験済みのかたは分かると思いますがグラフになっています。で。


 月経期という、そのものズバリ生理が来る時期が体温の低い時期=低温期に相当するのですが。卵胞期を経て排卵期という、つまり排卵する時期に来るとがくんと体温が上がる=高温期が来るのです。性交渉は、体温があがる排卵期を狙って行います。排卵検査薬も薬局で買い(高いけど)。定期的に医者に行き、報告し、実践し、その繰り返し。ときには検査も。


 半年くらい続けても授からない場合は次の可能性を検討します。わたしの場合はその前に妊娠したので、その辺りの事情には詳しくないです。


 大事なことなので詳しく書きましたよ。世の中の、特に男性の、『避妊』に対する知識のなさに、正直なところ愕然としている自分もいるので。


 ちなみにわたしは、高温期と低温期がキレーに出るひとで。つまり排卵期が非常に分かりやすかった。なので『狙って』毎月行えた。でも。うわあ。


「まーた来ちゃったよぉ」


 毎月毎月絶望的な気分になったことを記憶しております。本当に、難しいものですね。さて。


 こんな話は誰にもしていないので。まあ、同じくタイミング法で授かったひとぐらいでしたね、お話できるのは。なので。世間様から見るとわたしは『なんのトラブルもなしに簡単に授かった経産婦』だと思われているに違いありません。まあ、確かに、タイミング法のみで授かれたなんて本当にありがたいことだったと思います。


 ただし。


 毎朝毎朝体温計を口に入れて。動かないようじっとして(動くと体温が上がるので、寝たまま測るのです)、書き書きする日々。夫は、性交渉以外なにもしていないのに、なんでわたしだけ。仕事帰りにせっせとせっせとクリニックに行って。妊婦を妬ましい目で見てしまうのをぐっとこらえ。男の医者相手に「この辺りがチャンスですね。頑張ってください」と励まされる日々。辛かったです。しておいて損な経験ではなかったですが。医者がプロフェッショナルに仕事をこなしているとは頭では分かっていても。


『報告』するのが、辛かった。


 自分が、工場の機械の部品に感じられた。オートメーションに愛ある行為を淡々と処理する、淡々と医者に報告する。こんなもんなの? みんなこんなことをしているの? と。


 勿論。授かった子どもに愛は、あります。ただそのプロセスに悩んだだけであって。


 なんでわたしだけ。て思いは妊娠後もつきまとっていて、いまもです。はい。出産育児で大変な思いをするのは断然女性の側なんですから。


 そもそも『妊娠』に至るプロセス自体がそこまで大変なものなのかというのは、皆さん積極的に話されないから、ブラックボックスだと思っています(何故話さないかというと、夫婦間の性生活という、ひとびとが隠したい部分の暴露になってしまうから)。確かに、遠野自身も知りませんでしたし。


 長くなりましたが、話を戻すと。


『妊娠してから』も勿論大変です。未経験のかたにはいくら言葉で説明しても伝わらないと思っています。初期の頃の、お腹が目立たないけども、つわり。立っているのが辛い。あの時期が、どうしようもなくしんどかった。


 別のところに書きましたが。妊娠中に仕事をしていた八ヶ月間。毎朝立ちっぱなしで電車で通勤していましたが、別段激混みの電車でもなかったのに、譲って頂けたのはたったの二回。それも、一回は、マタニティマークを見てか男性のかたが「空いていますよ」と離れたところからご親切にもこちらまで来てお声がけしてくださったからたまたま座れたもので、でなければ気づかずじまいでした。やれやれ。日本大丈夫かよ、なんて思いましたね。


 過激な表現をすれば『妊婦に席を譲らない日本タヒね!』ですね。


 妊婦様を気取るわけではないんですが。いったい誰のお腹から自分が生まれてきたのか。誰からミルクや母乳を頂いて懸命に育てられたのか。そして妊娠中の女性がどれほど苦しむのか。社会としてもちっと理解する姿勢が浸透してくれやしないものかと。男性が感づくのってせいぜい、奥さんと子どものいる既婚者くらいでしょう? おじさんになると忘れちゃうみたいなんだよねえ。


 ついでに書いておくと。あれは春休み期間中でしたね。明らかに高校生と思われる男女の集団が優先席にどっかり座っていて囲っていて。やれやれ、と思いながら遠巻きに見ていましたが。まあそんな珍しいことでもないのでスルーしてました。二重の意味での吐き気をこらえながら。「言ってやろうか」とも思いましたが、でも一対若手集団だとウザがられるがオチかなーと。平和的で脆弱な自分が戦いを拒否しました。優先席の存在に無自覚な若者かよ、なーんて思ってたら、降りるときに、「おっまえ優先席で騒ぐなよー」仲間内で笑い合う声に見やれば視野に入るマタニティマーク。近くに『我慢』している妊婦がもう一人いたのです。うっわ。だったら『戦って』も良かったじゃないか。チキンな遠野でごめんよ妊婦さん。


 こぼれ話をもう一本。


 妊婦なのに。自分よりもお腹の大きい妊婦さんに席を譲ったこともあります。自分も辛かったけど、相手に気を遣わせると悪いので、ひーふー言いながら別の車両に移動して、運良く席をゲットできました。一連のやり取りに気づかず優先席でケータイいじってるリーマンと大学生には正直、殺意を覚えましたね。


 妊娠中がどれだけグロッキーな状態なのかと言うと。


 普段わたしは外で仕事をしており、睡眠は4~6時間で充分。以外の時間は読書なりウェブ小説書きなりで過ごせるひとでした。


 が、妊娠していた時期は。先ず。


 朝が、起きれない。毎朝が絶望です。なにこれすっごく辛い――起き上がれないんだけど。無理。会社無理。七時に目覚めるのがやっと。ほんとに、時間ギリギリまで寝てました。お弁当作るなんて論外。あまりに辛すぎて何度か会社を休みました。


 育児と仕事の両立も大変だけど。あのときよりかは全然マシですね。自分である程度体調のコントロールができるので。


 妊娠中は、できない。


 やっとのことで苦行の通勤及び業務を終えヘトヘトで帰宅してからも。


 すぐには夕飯作りにはとりかかれず。「ねー悪いんだけど今日も弁当でいい?」ときには弁当で済ませ。風呂だけ入りひたすら寝る。うええと吐き気がこみ上げるので眠れない。でも起き上がれない。なんだこれ。いったいわたしのからだになにが起こっている?


 妊娠後期になると――断言します。連続で三時間以上眠れません。お腹が圧迫されて苦しすぎて。で足もつるし。つるけどお腹がつっかえて手が足に届かず夜中でも夫を叩き起こして手伝ってもらう。鬼嫁というんだろうかこういうの。


 まあ巷に妊娠体験談というものはあふれているのでここはこのくらいで。次。育児。


 育児については別のエッセイでまとめたのでご興味のあるかたはそちらを参照ください(*1)。


 出産については。野良妊婦、という言葉をこないだドラマで初めて聞きました。『コウノドリ』というドラマです。漫画が原作。


 要するに。妊娠に気づかず堕胎できる段階をとっくに過ぎてしまって無論検診を受けず、救急車とかで運ばれ駆け込み出産する女性のことです。トイレなど病院以外の場所で出産、という話も聞きますね。


 ドラマの場合は。自分で育て上げることができず。子どもを欲する夫婦に養子縁組をする、というかたちを取っていました。わたしが思うのは。


 出産は。命がけの仕事です。


 定期的に検査もしてノントラブル。だったのに。出産で危うく命を落としかけた。実際に亡くなられる方もおられます。珍しいことではないです。たまたま、周りでそういう話を聞かないだけであって。


 わたしは経膣分娩でしたので(下から出産)、帝王切開の痛みを知らないのですが。帝王切開や無痛分娩についてなにやら世間で誤解されている印象があるので言っておきますと。



 簡単な出産、など、皆無です。



 どんなお産だったから楽だったとか、痛みから逃げたとか、本来の出産ではないとか、それこそ偏狭な主観です。そういった考えをお持ちの方は考えを改めたほうがいいと思いますね。


 帝王切開だと『痛くないんでしょ?』という誤解もあるようなんですがいえいえ。きっちり陣痛を経験したうえで施術するんです。無痛ではありません。しかも。お腹と子宮を切るので、痛みは二重です。子どもを産めるのは最大三人までというリスクもあります。昔は二人までだったとか。


 無痛分娩については、知人から、しようと思ったものの結局また二十四時間も待つのを回避して経膣分娩で出産した、という話も聞いたことがあります。麻酔時の痛みも『張り』の痛みもあります。まったくの痛みゼロではありません。それに。


 どんな出産にせよ、産後のダメージは相当なものです。詳しくはエッセイのほうで書きましたが。遠野は一回で懲り懲りだと思いましたよ。人生最上の体験では有りましたが、ベストツーに入る超絶的な痛みも経験しました。もういいです。


 事情があるゆえ赤ちゃんを手放す母親もいます。子どもは施設や里親のもとで育てられるわけですが。ひとつ、思うのは。


 手放したからといって、愛情が皆無だっただなんて、到底、思えません。


 仮に。望んでいない出産だったとしても。


 出産のときに使う労力は人生一度きりの相当なものです。おぎゃあ、と赤ちゃんが生まれたときの感動。胸のうちから湧き上がる溢れんばかりの愛。あれは。


 出産時に誰しも感じるものだと思います。なので。みんなみんな。



『生まれてきたことに意味がある』んです。



 仮に。


 どんな環境でどんな育てられ方をしたとて。あなたがこの世に生まれた瞬間。


 間違いなく、あなたのお母さんはあなたの誕生を喜んでいた……。


 そのことは、紛れもない真実だと思います。これは誰にでも当てはまる、人類の真理だと。


 なので。


 その文脈からも、わたしは『自殺』を拒否します。


 たとえ。親が二人揃っていなかったとしても。『愛されて』生まれてきたのは事実。


 たとえ。施設で育ったとしても。愛を込めて育まれたのは事実。学校や施設での仲間との関係構築。誰しも経験するそのプロセスのなかで、互いに愛を与えあって過ごしていくものと、思われます。


 世の中には我が子を虐待する親もいるにはいますが。衰弱死させる親は別として。虐待する親のことを肯定するつもりはありませんが、ただ、そこに至る心理として。


『自分の子どもに求めるイメージ』と、『実際の子どもの姿』が、乖離していたということ、なんでしょうね。


 わたしも、産後うつに悩まされた人間です。一日の三分の二を授乳に費やし。比喩ではなく一日中泣き続ける赤ちゃんを抱っこしながら途方に暮れて、いっそこっから窓を開けて飛び降りたら楽になれるのに。そう思ったことは、一度や二度ではありません。ですので。


 虐待をする親に『シンクロ』することは難しいですが、『そこに至る境地』までは、分かるんです。本当は『分かる』とは言いたくないんですが。わたしのあの状態があと一ヶ月でも続いていたらどうなっていたか。子どもの睡眠と自分の睡眠が徐々に改善し、周りの助けを借りたゆえに抜け出せましたが。プラス愛の力ですね。わたしの場合は双方の親に頼りました。親としても見過ごせないくらいにわたしの状況は深刻だったのでしょう。


 まとめますと。


■人間は、生まれたときに必ず愛を授かる


■妊娠出産子育ては大変な労苦を伴う。同時に赤子に無償の愛を授ける


■誰の愛も一切受けずに育った人間など存在しない


 以上の観点から『自殺』を否定します。


 わたしも、いっぱしの親として、子に先に死なれたら、だなんて。考えられないです。


『自殺』を決断する前に、自分に『愛』を授けてくれたひとのことを思い浮かべて頂きたい。


 それが、遠野の願いです。


 *

【参考URL】


*1『産後がこんなに幸せで大変だとは知らなかった』

http://ncode.syosetu.com/n5198cz/


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