異世界の魔法使いと僕の物語
短編『異世界の王子と私の物語』のマナの従弟の男の子が主人公です。
王子を先に読むとより分かり易いかも。
最後の方にBL要素がじわじわと滲み出ているらしい?
※5/8に加筆修正しました。
誤字脱字あると思いますが、文章・表現などとくに気にせず、
軽く読んでいただけるとありがたいです。
◆◆◆◆
今年の夏休みは郊外に住むおばあちゃんの家にお世話になる予定だ。
会うのは5年ぶりくらいだろうか。
以前行った時はパパのお兄さんの娘(つまり僕のいとこ)がおばあちゃんと一緒に住んでいた。
ちょうどそのいとこが熱を出し何日も床に臥せっているという状態で、パパは邪魔しちゃいけないと言ってすぐこっちに帰って来たんだけど、その後3年くらいしてそのいとこは都心の家族の元へ引っ越して行ったらしい。
おじいちゃんは僕が生まれるずっと前に亡くなっているので、今はおばあちゃんが一人で暮らしている。
パパとママと僕が乗った車は高速道路をスイスイ走っていた。流れる景色は代わり映えのしない山ばかり。僕は手元の携帯ゲーム機に視線を戻した。
おばあちゃんの家は、僕が住んでいる街からこの高速道路を使って3時間ほど走ったところにある、小さな町の外れの森の中にあった。森もおばあちゃんの私有地になっているらしく、町の住人たちは入ってこない。
パパは高校生のころまでその家で暮らしていた。パパのお兄さんつまり僕の伯父さんは都心の高校へ進学したので、伯父さんが暮らしたのは中学生のころまでだったらしい。
小さな洋風作りの家の周りには森が広がっていて、小さいころはよくその森で兄弟で遊びまわっていたと話してくれた。
森にはたくさんの小動物が住んでいて珍しい植物も生えているとか、とても大きな木があってその下でよく本を読んだり昼寝をしたとか。
おじいちゃんはとてもハンサムで背が高く穏やかな性格の礼儀正しい人で、パパはお城の騎士みたいにカッコイイ人だったと言っている。騎士に会ったことがあるのかと尋ねたら、「ゲームの中でな」となぜか誇らしげに言っていた。
おばあちゃんは美人で優しいけどどこか不思議な感じのする人で、パパが森で遊びまわってケガをするとまるで魔法のようにきれいに傷を治してくれたんだって。
そんな話を聞いていたからか、僕は密かにおばあちゃんのことを魔女だと思っている。
ファンタジー系のアニメに出てくる、人を寄せ付けない森の奥深くに住む美しい魔女。
なんとなくピッタリだと思った。
「遥人、本当に一人で1か月も大丈夫か?」
「お義母さんに迷惑かけないでよ。遥人はやんちゃ過ぎるんだから」
「大丈夫だよ。パパもママも心配し過ぎ。宿題もちゃんとやるし、おばあちゃんの言う事もちゃんと聞くから」
「ハア、本当かしら…」
僕って信用無いなあ。結構外では“いい子”で通っているんだけどなあ。
「ほら、見えてきたぞ」
いつの間にか辺りは緑一面だった。
車が一台通れるくらいの舗装されてない道を進んだ先に、ぽつんと小さな洋風の家が一軒建っていた。
「懐かしいな」
「そうね。以前来たのは5年前くらいだったかしら。ふふ。可愛らしい家のままね」
僕はシートベルトを外して後部座席から身を乗り出し、前方にあるそれを凝視した。
森に囲まれた洋風の小さな家。やっぱりファンタジーな世界の雰囲気を醸し出している。
ちょうど玄関のドアが開き家から誰かが出てくるのが見えた。
「あれおばあちゃんかな?」
「そうだな」
「いつ見ても綺麗な人ねえ。秘訣を知りたいわ」
パパは家の前まで来ると車を停めた。
「遥人、おばあちゃんに挨拶してからトランクから荷物出すんだぞ」
「はーい」
僕は車から降りると玄関ポーチに佇んでいたおばあちゃんに元気よく挨拶した。
「おばあちゃんこんにちは!」
「いらっしゃい遥人。大きくなったわねえ。何年ぶりかしら?」
「えっと、たぶん5年ぶりだと思うよ」
「そう。もうそんなに経つのねえ」
「お義母さんご無沙汰しています」
「美智香さんもお元気そうねえ」
「この度は急にすみません。遥人がお世話になります」
「あらいいのよ。私もマナがいなくなってから少し退屈してたの。夏の間だけでも孫と暮らせるなんて嬉しいわ」
「遥人のことはお義母さんに任せますので、ガンガン叱ってくださいね」
「ママ、なんで叱ること前提なのさ!?」
「だってあなたはやんちゃなんですもの」
「またそれだよ…」
「遥人、トランクの中の荷物ここに置くぞ」
「あ、待ってパパ!取扱注意のものが!」
僕は慌てて車に走り寄り、パパが放り投げようとしていたバッグを無事奪取した。
中には精密機械がつまってるんだぞ。パパはこういうところが大雑把で困る。
「荷物はこれだけか?」
「ちょっと待って。確認してみる」
車の後部座席とトランクの中を見て、全部取り出したことを確認した。
「うん。これで全部だよ」
「じゃあ部屋に運ぶか」
「うん。パパが使ってた部屋を借りるんだよね?」
「そうだ」
「うわあ楽しみ!」
「俺の私物がまだあるかもしれないが、触るなよ」
「なになに?パパ、見られたら困るもの?昔の彼女の写真とか?」
「おまえなあ…」
「冗談だよパパ。漁ったりしないから心配しないで」
「あら、何の話?」
「ママには内緒。僕とパパの男の秘密だもん。ね、パパ」
「えっ?そ、そうだな」
「ふうん…。礼人さん私に隠し事するんだ」
「み、美智香?」
「ふふ。あなたたちいつも仲良くていいわねえ」
「母さん…」
「お義母さん…」
「さあ。キリのいいところでお茶にしましょうか」
裏庭に出るとテーブルの上にお茶と美味しそうなお菓子が並べられていた。
僕は一番に席に着き、おばあちゃんが用意してくれていたオレンジジュースを飲みながら、クッキーを頬張った。家で食べる市販のクッキーとは違い、手作りらしいバターのいい香りがする美味しいクッキーだった。
「そういえば母さん。兄さんとこのマナちゃん、中学卒業したら婚約するんだって?」
「ええ。そうみたいねえ」
「ママ、婚約って何?」
「結婚の約束をすることよ」
「え?そのいとこのお姉さんて僕より3歳くらい上じゃなかった?もう結婚するの?」
「将来ね。今はその約束だけよ。確かお義兄さんは、結婚するのはマナちゃんが大学卒業してからって言っていたわよね?」
「ああ。そんなようなこと言っていたけど…猛反対していたからなあ兄さん。どうなることやら」
「男親にとって手放したくないほど娘は可愛いっていうものね」
「ねえママ、その婚約者さんてどんな人なの?」
「私は会ったことないけど。礼人さんは?」
「俺もまだ会ったことない。母さんは?」
「ふふ。青い瞳がとても綺麗な、素敵な男の子よ」
「へえ!外国の人なの?」
「そうねえ。外国のようなそうではないような。表面は変わっても内面は同じ。特別な運命で繋がっているのよ、あの子たちは」
「「「?」」」
僕にはおばあちゃんの話がよくわからなかった。
外国のようでそうではないところの人と運命で結ばれている。表面とか内面とかは意味不明。なんだか不思議な話だった。
お茶の後、僕はパパに森を案内してもらい、ママはおばあちゃんに若さを保つ秘訣というものを聞いていた。
夜はパパに望遠鏡で星空を見る方法を教えてもらい、ママはおばあちゃんに美しくなる秘訣というものを聞いていた。
パパとママは今夜だけ泊まって明日の朝帰ることになっていた。二人とも仕事があるからだ。僕は今夜だけパパとママの三人で一緒に寝ることにした。
◆◆◆◆
翌日。朝食を食べ終わり、パパとママは帰っていった。僕は午前中に宿題を済ませ、お昼ごはんを食べ終わってから森に出かけた。
パパが言っていた通り、森の中にはいろんな植物があり小動物がいた。植物園や動物園で見るより、心なしかみんな生き生きとしている気がする。
持ってきたスケッチブックを開き、3メートルくらい先でもしゃもしゃと草を食べているウサギの親子を写生した。
かわいいなあ~。茶色い毛がふさふさしてて撫でたら気持ちよさそうだなあ~。
そんなこと考えながら描いていると、森の奥の方でキラキラと何かが光っているのが見えた。
なんだろう?
僕はスケッチブックをその場に置いて、光のする方へ歩いて行った。
近付くと、そこには苔がびっしり生えた大きくて太い倒木があった。さらに目を凝らすと、木に小さな青い石が埋め込まれているのを見つけた。そのすぐ横には、「マナ/ウィル」らしき文字が彫られていた。
マナっていとこのことかな?ウィルって…婚約者って人のことだろうか?
しげしげ見ていたら突然下から冷たい風が吹きあがってきて、僕は驚いて尻もちをついた。しかも、なんか歌声みたいなものまで聞こえてくる。ごくりと唾を飲み込み、僕はそっと倒木の下を覗き込んだ。
「あっ」
そこには人が一人通れるような大きさの真っ暗な穴が開いていた。
冷たい風と歌声のようなものはその穴の中からきているようだった。まさか誰かこの穴に落っこちたんじゃ…?僕はビビリながらもその穴に向かって声をかけた。
「あの~。誰かいますか?」
「……」
「穴に落ちたんですか?」
「……」
返答はない。誰もいないのだろう。そう思ってホッとしたところへガサガサと背後で草が揺れる音がした。ビクッとして後ろを振り返るとそこには…おばあちゃんがいた。
「あらあら。どうしたのそんなところに座り込んで」
「おばあちゃんか~びっくりした~」
「まあ。驚かせてしまったようね。ごめんなさい」
「おばあちゃんはどうしてここに?」
「この辺に美味しいキノコが生えているのよ。今日の晩御飯のおかずに山菜と一緒に天ぷらにでもしようかと思ってね」
「わあ、天ぷらかあ。美味しそう!」
「ふふ。一緒にキノコ狩りしましょうか」
「うん!」
「確かこの辺に…あったわ。ほら、このキノコよ。美味しそうでしょう?」
「ほんとだね。あ、こっちにもあったよ!」
「たくさん生えているわねえ」
「あ、そうだ!おばあちゃん、あの倒木にマナ/ウィルって彫られてたんだけど、それっていとこのマナさんと婚約者って人のこと?」
「あら見つけたのね。ふふ。あれはマナと王子のことよ」
「王子??」
「そう。こちらの婚約者でありあちらの王子でもあるの。マナとは運命で結ばれているのよ」
「??」
「あなたにはまだ難しいかもねえ」
「じゃ、あの暗い穴は?」
「あれは異世界への入り口よ」
「へ?異世界?」
「マナはね、あの穴から異世界へ行って運命の王子と出会ったのよ」
「あの穴から異世界に行けるの?」
「そうよ。私もおじいちゃんも行ったわ。たぶんあなたのお父さんと伯父さんも」
「え!?パパも?そんなこと話してくれたことないよ?」
「ふふ。そうねえ。あなたのお父さんは忘れてしまったのかもしれないわね」
「行ったことを忘れちゃうの?」
「すぐ忘れてしまう人もいるし、一生忘れない人もいる。そういう不思議な場所なのよ」
「…僕。僕も行ってみたい!」
「あらまあ」
「ね、行ってきてもいい?」
「ふふ。行くか行かないかを決めるのはあなたよ」
「じゃあ、行ってくる!」
「そう。決めたのね。でも行く前にちゃんと準備はしてね」
「準備?」
「冒険には装備が必要よ」
「あ!そうだね!じゃあ一度家に戻ろう!おばあちゃん早く早く!」
「まあまあ。そんなに慌てないでちょうだい。おにぎりも作ってあげるわね」
こうして僕は異世界へ冒険に出たのである。
◆◆◆◆
異世界へ来るのは今日で3回目。
おばあちゃんとの約束で、異世界に行ったら必ずその日の内に元の世界へ帰ることになっている。18歳になったら異世界に留まるということを考えてもいいと言われた。
ただ、元の世界に帰った次の日に異世界に来ると10日も経っていて、ちょっとした時差ボケ状態になるのがやっかいだ。でも、こっちに来なければ同じ時間の流れになっていることがわかり、行かない間に何十日も経ってたなんてことはなかった。
つまり、元の世界に帰って2日後に異世界に来ても前回来た時より12日しか経っていない、1年後に異世界に来たとしたら1年と10日しか経っていないということだ。
日を空けずに毎日来てると毎日+10日されて差がどんどん開いていくって感じ。
自分の世界と異世界の月日の経過を最小限に抑えるなら月1日くらいのペースで行けばいいのだろうが、僕は夏休みの間しか来れないので少なくとも2日に一度は異世界に行きたい。なので時間差がひらくのは承知の上だ。
異世界に来てから僕は魔術師の家に入り浸っていた。
初めてこちらに来た時、出た場所が森だったんだけど、その森で偶然出会ったのがこの家の持ち主で魔術師のオーレンさんだ。
彼はとても真面目な勉強家で、新しい魔術をあみだしては人気のない森で試しているらしい。本当はこの国の王様に仕えているんだけど、緊急時以外はこの家で研究に明け暮れているみたい。
「ハルト。ちょっとこれを持っていてくれないか」
「わかった。ねえ、グレンさんは来ないの?」
「ああ。明日まで親父殿のお供で隣国へ行っているからな」
「へえ。隣国ってどんなところ?」
「機械産業が盛んな国だ」
「機械産業?」
「兵器や機械仕掛けの人型やその他諸々だ」
「ふうん」
「よし。いいぞ、それをこっちにくれ」
「はいどうぞ」
「これで魔力を注入すれば…っ!?」
ボンッ!
「うわっ!」
「チッ。失敗か…。ハルト大丈夫か?」
「う、うん。ちょっと驚いただけ」
「ふむ。もう少し魔石を減らすか…」
オーレンさんは今新しい魔道具を作成している。いつもは助手のグレンさんと二人で作業しているけど明日までいないらしい。ちなみにグレンさんはオーレンさんとは母違いの弟だ。
二人ともかなりの美形で独身ということもあり、街へ買い物に行くとあちこちで黄色い悲鳴があがり、女の人たちの熱い視線を受けまくっている。
この前一緒に行った時なんか、興奮しすぎた女の人が何人か道に倒れるとういう現象を目にした。異世界のイケメン恐るべし。
恋人はいないのか聞いてみたけど女の人に興味がないみたい。それは今は興味がないのか、それとも女の人自体に興味がないのか。学校のクラスの女子がBLというものにハマっている話を聞いたことがある僕は、それ以上深くは聞けなかった。美形だから余計にね。
まあ、オーレンさんは魔法に関すること以外は本当に無頓着なので色恋自体に興味がないのだろう。もったいない。
「ハルト。昼飯にするか」
「え、もうそんな時間?なんかこっちの世界に来るとあっという間に時間が過ぎていく気がするよ」
「俺は一つの世界に留まっていても時間の経過を早く感じるがな」
「でもこっちの世界の人たちは寿命が長いから羨ましいよ」
「ハルトたちの世界は80歳くらいが平均寿命か?」
「僕の国はだいたいそれくらいだと思う。こっちの世界は120歳が平均寿命なんだよね?」
「まあな」
「すごいよね。あ、でも僕が行き来してこちらの世界が何十年先に経過したとしてもみんな長生きだからちょうどいいのかな?」
「そうとも言えるな。だが、お前がこの世界に留まるとしたら短命すぎるが」
「僕の寿命が延びることないのかなあ?」
「さあな。俺が聞いた限り異世界人がこちらで一生を終えたという例が無いからわからないな」
「そっか。まあ留まるとか全然考えてないし。行き来するだけでいいかな」
18歳になったら先の事を考えればいい。今は夏休みの間だけ楽しみたい。
「ハルト」
「ん?」
オーレンさんが自分の口の端を指でトントンした。
きっと僕の口の端に何かついているのだろう。今食べてる魚のクリーム煮かな。
僕は自分の口端を指で拭った。取れたかな?と思ってオーレンさんを見る。
すると、オーレンさんはフッと笑みを浮かべて身を乗り出し、僕の口端を舌で舐め取った。
ガタン!
「な!?」
僕は思わず椅子からずり落ちた。
「今…何した…の!?」
「?拭いきれてなかったから舐めた。お前こそ何している」
「な…なめっ…」
「どうした?」
オーレンさんは平常運行だった。きっとこの人に他意はないのだろう。
こんな美形の人にそんなことされたら…たとえ男同士だったとしても…ハッ!
何考えてるんだ僕は!危うくその美貌と行動に流されるところだった!
ドキドキしながらオーレンさんを見ると、彼は何事もなかったかのように食事を進めていた。
うわ~僕だけ意識してバカみたいだ。
さっきのは忘れて、僕は食事に集中することにした。
◆◆◆◆◆◆
オーレンさんの家で一日過ごして僕は自分の世界に帰って来た。明日は一日自由研究の宿題に充てるつもりなので、今度異世界に行くのは明後日の予定だ。
自由研究の題材を考えるためにオーレンさんの家に入り浸っていたんだけど、やはり魔法の研究は難しすぎるのとこちらの世界で代用できるものがないということがわかったので、一から考え直すことにしたのだ。
僕は日課となっていた望遠鏡で夜空を観測した後、ベッドに入った。
翌日。今日は朝から町の図書館に行くつもりだ。ちょっと気になることがあって調べたいし。
朝食をおばあちゃんと一緒に食べながら今日の予定を話し、毎朝裏庭に来る猫に餌をやってから僕は図書館へ出かけた。図書館はおばあちゃんの家から歩いて10分くらいのところにある。隣町にいくつか大学があるせいか小さな町にしては大きな図書館だった。
中に入ると吹き抜けになっていてかなり開放感がある。本棚は三階まであり本がびっしり並んでいた。夏休みということもありそれなりに人が多かったが、僕は目的の本を探すため案内板で確認しながら3階まで続くスロープを上っていった。
3階の本棚の中をゆっくり歩きながら本を探していると背の高いすらりとした男の人が棚の前で本を立ち読みしていた。ちょうど僕が探している本があるあたりだ。彼の近くまで行きそっと棚の中を確認する。物理学に関する書物がたくさん並んでいた。
うわ~難しそうなのばっか。
僕にでもわかりやすいのってどれだろう。
とりあせず適当に選ぶか…
そう思って眺めていると、男の人が振り向いた。黒髪碧眼の驚くほどの美青年が僕をじっと見つめてきた。
え?日本人じゃなかったの?どうしよう僕外国語全然話せないよ。
そう思っていたら、意外なことに彼は流暢な日本語で話しかけてきた。
「ごめん。この棚で何か探してた?」
「え?あ、その、特定の本を探しているわけではありません…」
「何か困りごと?」
「え?」
「そんな顔してたから」
「アハハ…。僕でも分かり易い物理学の本が無いかと思って…」
「ああ。それなら…」
彼は棚の端の方に歩いて行き、一冊の本を抜き出した。
「これがお勧めだよ」
そう言って僕の方に持ってきた本を差し出す。
「僕も中学生の頃に読んだことあるけど、面白いし分かり易かったから」
「あ、ありがとうございます」
「君は…運命を信じる?」
「え?」
「いや、何でもない。じゃあね」
僕が本を受け取ると、彼はスロープの方へ歩いて行った。
なんだか全体的に不思議な雰囲気がするけど優しいいい人だった。運命については意味がわからなかったけど…。
その後僕はその本を読みながら閉館まで自由研究に没頭した。とても有意義な一日だった。
家に帰ると、おばあちゃんが何か薬草のようなものを調合していた。
「おばあちゃん、何作ってるの?」
「これは悪夢を見ずにぐっすり眠れる薬よ」
「へえ?おばあちゃん悪夢を見るの?」
「私は見ないわね。これは昔からの知り合いに頼まれて作っているのよ」
なんとなく僕は、その昔からの知り合いという人がこの世界の人ではないような気がしたけど、それ以上は詮索しなかった。
こうして薬を調合している姿を見るとますます、おばあちゃんは魔女なのではという思いが強くなる。見た目は年を取らず美しいままのおばあちゃん。
そういえば、僕はおじいちゃんとおばあちゃんの若いころの話を聞いたことが無い。二人がどうやって知り合い、夫婦になったのか。いつ二人は異世界に行ったのか。
「ねえおばあちゃん」
「なあに」
「おじいちゃんといつ出会ったの?」
「どうしたの突然」
「だってそういう話聞いたことなかったから」
「そうだったかしら?」
「うん。僕おじいちゃんのこと病気で死んだってことくらいしか知らない。パパは写真持ってないから顔も知らないし」
「ふふ。おじいちゃんは写真嫌いだったからねえ」
「そうなの?」
「でも、一枚だけ残っているわ。子供たちが生まれて家族4人で撮ったものが」
「うわあ、見たい!」
「ちょっと待ってなさいね」
おばあちゃんは席を立ち、リビングの壁際に置いてあるアンティークな机の引き出しの中を探し始めた。
「あったわ。だいぶ色あせてはいるけど、あの人の顔はハッキリと写っているわ。ほら」
そう言って、写真をテーブルの上に置いた。
そこには若い夫婦と思われる男女と、二人の小さな男の子が写っていた。
二人の男の子は僕のパパと伯父さんだ。5歳くらいの男の子が2歳くらいの男の子の手を繋いでいる。顔がめちゃくちゃ可愛い。小さい時から美形だったのか…。
女の人はおばあちゃんだ。黒髪ストレートの黒目で色白。超がつくほど美人だ。今よりもっと若々しい。
男の人はおじいちゃんだろう。すらりと背が高く姿勢の良い、これまた超美形だった。髪は黒く目は…あれ?黒くない。
「おばあちゃん。おじいちゃんってハーフか何かなの?瞳が黒くないみたいだけど…」
「おじいちゃんも、外国のようでそうではないようなところの人だったから。瞳はよく見ると青みがかったきれいな濃いグレーなのよ」
「へえそうなんだ!外国のようでそうではない…って、いとこの婚約者と同じ出身地?」
「ふふ。そうかもしれないわね」
「??そんなところの人とどうやって知り合ったの?」
「初めて出会ったのは図書館だったけれど、私たちも運命で繋がっていたのかもしれないわね。一目見てお互いに『この人をずっと探していた』と思ったの。それまで一度も会ったことが無いのにね」
「それって前世の記憶とかそういうこと?」
「あら。遥人はそういうものを信じるの?」
「まあ、ネット小説の題材に多いし、僕自身異世界に行ったりしてるしね。あっても不思議はないと思えるようになったかな」
「そう」
「うん。で、おじいちゃんとはすぐ結婚したの?」
「すぐとはいかなかったけれど、出会って5年後に結婚したわ。私の父は猛反対していたけれど、母と彼の両親が父をなんとか説得してくれてね」
「うわあ、いとこと同じような状況だったんだね」
「ふふ。そうね」
「それで二人は異世界にも行ったんだよね?」
「ええそうよ。あれは…結婚してから1年目の事だったかしら。彼が異世界への入り口を知っていて、ぜひ一緒に行ってほしいというものだから。私は疑わなかったわ。なぜだかわからないけれど、異世界が実在することを当然のように思ったの。行ってみて懐かしさも感じたわ。自分は来たことないはずなのに。不思議よね」
「へえ~」
「彼も入り口は知っていたけれど実際に行ったのは私と一緒に行った時が初めてだったの。同じように、来たことがないのに懐かしさを感じると言っていたわ」
「不思議だね」
「ええ。とても不思議だったわ。でも全然怖くはなかった。嬉しかったわ」
「嬉しい?」
「理由はわからないけど、嬉しくて彼と二人で泣いてしまったほどよ」
「ふうん?」
「異世界に行ったあとあちらに留まり、二人で1年ほど暮らしたかしら。そろそろ真剣に子どもを作ろうかってことになって、こちらの世界に帰って来たの」
「あっちで作ろうとはしなかったの?」
「どんな影響があるかわからなかったから。子供は自分たちの世界で作るって決めていたのよ」
「そうなんだ」
「子供たちが社会人になって子育てから手が離れたけど、彼が病を患っていることがわかってね。病になる前は子育てが落ち着いたらまた異世界に行こうって話していたのだけれど、彼には負担が大きすぎて行くことは叶わなかったわ。長い間闘病生活を送っていたけれど、初孫が生まれた年に逝ってしまった。せめて顔だけでも見ることが出来ればよかったのだけれど…。」
「…そっか」
「でも私たちはとても幸せだったわ。なんとなく、まだこの家に彼がいるみたいに感じるのよ」
おばあちゃんは穏やかな表情でそう語り、目を細めながら部屋の中を見渡した。
僕も、もしかしたらおじいちゃんの魂はまだこの世界にあって、ずっとおばあちゃんを見守っているんじゃないかと思った。
「おじいちゃんに会って話してみたかったな…」
そう言うと、おばあちゃんはやさしく僕の頭を撫でてくれた。
温かくて大きな愛を感じるような。僕はおばあちゃんの手が大好きだ。
その夜は初めておばあちゃんと一緒に寝た。
僕の隣にもう一人分の温もりを感じたのは気のせいだろうか。
◆◆◆◆
今日は異世界に行く日だ。
朝食を終え準備をしてから僕は森に出かけた。
異世界に着くと真っ先にオーレンさんの家へ向かった。前回試作していた魔道具は完成していることだろう。きっと今は違う研究をしているに違いない。
オーレンさんの家の玄関のドアをノックすると、グレンさんが顔を出した。
「こんにちは、グレンさん」
「やあ、ハルトくん。久しぶりだね」
「今日もお邪魔して大丈夫ですか?」
「もちろん!というか、こちらから頼みたいところだよ」
「?」
「…兄さんがちょっと元気なくてね」
「え?病気ですか?だったら僕なんかいたら邪魔に…「ハルト!」」
「あ、オーレンさ…んっ!?」
ちゅっ。
むぎゅう~。
「兄さん…。ハルト君が固まっているよ。あと、玄関先でそれはやめようか」
何がどうした!?
僕、いまオーレンさんにキスされてめちゃくちゃ抱きつかれてるんだけど!?
しかも今のキス、唇だったし!
く、苦しいっ!
「ほら、兄さん落ち着いて。ハルト君が苦しがってるよ」
「ハッ!す、すまん」
「ぷはっ!」
「ハルト君大丈夫?」
「だ、大丈夫です」
「ハルト。会いたかった」
「ちょっ、ストップ!」
「ん?」
僕の頬を手で包み込みながら、オーレンさんがまたキスしようとしたので全力で抵抗した。美形の顔で顔を傾げるとか!マジでやめてくれ。
「なんなんですか!」
「何とは?」
「キ、キスとか!」
「してはいけないのか?」
「…グレンさ~ん!」
「アハハ。ごめんハルト君、驚いたよね?僕も驚いたよ。まさか兄さんが本気でこんなに重症だったとは」
「グレンさんどういうことですか~!?って、オーレンさん離れて下さい!」
「いいではないか抱くくらい」
「抱くとか言うな!」
「まあまあ。うちの兄、ハルト君にゾッコンみたいで。来ない間大変だったんだよ」
「ゾッコンて!ぼく男の子ですけど!?」
「うーん、兄にとって性別は関係ないみたいだね」
「なにを呑気な!」
「ハルト」
「はい?」
「お前が居ないと俺はおかしくなる」
「いやいや、元からおかしいのでは?」
「お前としたい」
「なにをっ!?」
「お前と「わ~!もういいです!聞きたくないです!」」
「ハルト君、そういうわけだから。後は頼みます」
「え、グレンさん!?」
あの人、僕たち置いて出て行っちゃたよ!
僕、貞操の危機なんですけど!?
なにこれ。僕にいったいどうしろと?
頭の中で思考がぐるぐる回っている間に、僕は再びオーレンさんの腕の中に捕らわれた。逃れようと身を捩ると、いっそう強く抱きしめてきた。
「オーレンさん!離してください!」
「ダメだ。もう少し堪能したい」
「しないで!正気に戻って!ぼく男だから!」
「関係ない。俺はハルトという人間が好きなのだ」
「関係おおあり!僕はオーレンさんのことそういう風に見てないから!」
「ならば見てくれ」
「無理だから!僕、女の子大好きだし!」
「ならば俺を女と思え」
「なんて無茶ぶり!」
「すまん…」
「…オーレンさん?」
オーレンさんの体は微かに震えていた。僕をきつく抱きしめていた腕が緩められていく。つと見上げると、オーレンさんは泣きそうな顔をしていた。瞳が揺れて何かを耐えているような…
突然体が傾いたかと思ったら僕は仰向けに倒れていた。オーレンさんの体が覆いかぶさり、僕の顔を覗き込んでいる。オーレンさんの瞳は…熱く艶めきながら揺れていた。
あれ?
こうすることを耐えていたのか!?
美形な顔がだんだん近づいてくる。僕の心臓はバクバクして口から飛び出しそうだった。
「ま、待ってオーレンさん!」
「すまない…もう待てない」
そのすまないだったのか!
ちゅっ。ちゅーっ。
「ふぁっ!?」
オーレンさんは、それはそれは濃厚なキスを僕にした。
手が服の中に入ってくるのを感じ、僕は泣いた。泣いてオーレンさんの名前を叫んだ。
彼は行為を止め、申し訳なさそうに僕の体を起こした。
えぐえぐ泣く僕の背中を壊れ物を扱うようにそっとやさしく撫でる。ビクッとして後ずさると、かれは土下座する勢いで謝ってきた。
「悪かった!こんなことするつもりでは!」
「うっうっ、うそだ。最初からする気満々だった」
「そ、それは!」
「うっぐすっ、なんで僕なの」
「それは…運命だからだ」
「うん…めい…?」
「そうだ。俺はお前だと感じたんだ。森で初めて出会ったあの時に」
ああ…。まさか…。
おばあちゃんとおじいちゃんの運命。
いとこと婚約者の運命。
僕とオーレンさんの…?
僕はなぜオーレンさんの家に入り浸っていたんだろう。自由研究の為と言いながら、本当は僕も運命を感じていたのでは?異世界に行きたいと思ったのも運命がそうさせたのでは?
だとしても…運命って残酷だと思った。
僕は男でオーレンさんも男なわけで。オーレンさんは性別は関係ないって言うけど、僕はそんなに恋愛経験があるわけじゃないし、そういうことはまだ未経験だし。
ああ~よくわかんない!
「ハルト?」
「あ…」
「無理はしないでいい。俺のしたことが許せなくて、俺の事が嫌いなら、もう会うのはよそう」
「え?」
「これ以上一緒にいると俺は…」
「なにそれ」
「ハルト?」
「運命とか言って、所詮その程度なんだ?その程度の気持ちで僕のっ、フ、ファーストキス奪ってあんなことしたんだ!?」
「それは違う!」
「違わないでしょ?運命だって言うならもっと!」
「…もっと?」
「!」
僕なに言ってんだ!?
煽ってどうする!
「あ、いや。今のはなしで」
「それは無理だ」
「あっ」
僕はまたしてもオーレンさんの腕の中にいた。今までとは違いとてもやさしく包まれている。自分の心臓がドキドキしてうるさい。心なしかオーレンさんの心臓もドキドキと大きな音がしている気がする。
なんか、急に恥ずかしさがこみ上げてきた。きっと僕の顔は今真っ赤だと思う。見られたくない。そう思って俯いていると、オーレンさんの手が僕の顎にかかり上向かせる。
バッチリ視線が合ってしまった。顔を逸らそうとしたらガッチリ顎をホールドされた。
「オ、オーレンさんっ」
「運命が本当だということを証明する」
「待って!証明しなくても本気だってわかったから!」
「すまん」
「だからそのすまんはどっちの!?」
「好きだ」
「んん~~っ!!」
本日二度目の濃厚なキスであった。
オーレンさんの熱烈なキスの猛攻撃を受けた後、体を這うオーレンさんの手をなんとか阻止し、キスだけならなんとか許すと僕が言うとオーレンさんは渋々という感じで手を放してくれた。
なんとかその場を逃れたけれど、のちに僕はこの言葉を激しく後悔することになる。
◆◆◆◆
~その後の話~
小学生6年生の夏休みに祖母の家で過ごした僕は、森の中にある『異世界への入り口』からあちらの世界へ冒険に出かけ、魔法使いと出会った。
その魔法使いのオーレン♂さんに僕♂は愛されている。僕を運命の人だと言い、性別なんて関係ない、好きだと言ってくれた。この時の僕は、男の人相手にそういう感情になったこともないし、これからもそうなることはないと思っていた。
ぐいぐいと恐ろしい勢いでくるオーレンさんにその場しのぎに僕はキスだけなら許すと言ってしまったのだが…
「ハルト、もういいか?」
「ダメ」
「じゃあ今度来る時ならいいか?」
「絶対ダメ」
「ではその次に来る時なら…」
「本当にまだ無理だから!」
僕がいつキス以上を許すのかを、会う度にしつこく聞いてくるようになった。
僕としては一生そんな時は来ないと思いたいのだが、美形な顔に色気ダダ漏れで催促されると、意識が朦朧としてもうどうでもよくなってしまいそうになるから要注意だ。
中学生1年と2年の夏休みと高校生の1年と2年の夏休みも祖母の家で過ごし、異世界にも行っていた。なるべくオーレンさんの顔を直視しないよう、言葉を濁さず断り続け、なんとか身を守っていた。あいまいな返事をしたら即その場でやられそうだったから。
それでもオーレンさんの家に入り浸っていたのは、やはり運命で繋がった人だからだろうか。
運命って実際にはよくわからなかったけど、今ならなんとなくわかる気がする。オーレンさんと一緒にいると、ああこの人なんだなと僕の中の何かが納得しているのだ。
そんなことオーレンには絶対言えない。喜々として襲ってくるに違いないから。
月日が流れ、僕は19歳になった。
大学1年の夏休み。僕は祖母の家で過ごしている。
朝から異世界に来ていた僕は、オーレンさんの家でグレンさんと一緒に魔法薬の材料の下ごしらえを手伝っていた。グレンさんは今、王立魔法学校で魔法薬学の教授をしているのだ。
「はいグレンさん。これで終わりだよ」
「ありがとうハルト君。助かったよ」
「それにしてもすごい量だね」
「一学年教えているからね。材料だけでもすごいんだ」
「大変そうだね」
「じゃあ僕は出かけるから。そろそろ兄さんが市場から戻ってくると思うからそれまで留守番宜しく」
「了解。いってらっしゃい」
「行ってきます」
ふぁああ~。
昨日夜更かししたせいかめちゃくちゃ眠い…ちょっとソファで横になろうかな……。
キイパタン。カツカツカツ。
「……!」
ゴクリ。
コトン。ゴソゴソ。ギシッ。
「う~ん…」
ちゅっ。ちゅうっ。
「ん?」
「ハルト。無防備過ぎるぞ」
「な!?」
ソファの上でうたた寝して目が覚めたら、オーレンさんが僕に覆い被さりキスをしていた。
「ちょっ!人が寝ている間に何してんですか!?」
「まだ寝顔を堪能してキスしただけだ」
「まだって…」
「許しは得ている、だろ?」
そう。初めてキスされてからの『それ以上はいつ?』攻撃に、2日前僕はついに折れたのだった。
一生そんなことは起こらないと思っていたのになぜ…。気付いたら僕の頭の中はオーレンさんのことでいっぱいだったのだ。押しってすごいなと思った。
「ここでしていいか?」
「朝から!?ってか、だめだめ!誰か来たらどうすんの!」
「では上に行こう」
そう言ってオーレンさんは僕を抱き上げた。いわゆるお姫様抱っこだ。
焦った僕は彼を睨み付け抗議する。
「そんな真っ赤な顔して睨まれても、煽っているとしか見えんがな」
「煽ってない!!」
僕とオーレンさんの攻防は二階の寝室につくまで続いたのだった。
END
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