第二十談『完遂』
A「お聞きいただいたのは、高砂工務店社員一同の【社歌】・
【社歌】、2曲続けてお届けしました」
B「…………」
A「時刻は23時50分。生放送も残すところ10分を切りました。
それと当時に、FM-Homeroomsの閉局まで10分になりました」
B「…………」
A「あのぉ……ちょっと……」
B「何です?」
A「最後のBGMを流して、あとはカフを下げるだけだから、
最後の10分は話せるでしょ?」
B「ダメです。演者側と制作側の分別はちゃんとつけないと」
A「パーティションもない空間で
テーブルを隔てても1メートルも離れてないのに、
何処に壁があるの?」
B「ないに等しくても、タイムキープは裏方の基本でしょう?」
A「なら、5分前の指示だけしてくれれば、
あとは体内時計でカウントできるから。
最後は開局を手掛けた2人で思い出話に花を咲かせない?」
B「……まぁ、いいですか。
桜が咲いたという一報もあったみたいですし」
A「へぇ~もう咲いたんだ?何処で?」
B「今年は長崎が先手を切ったそうですよ」
A「長崎かぁ……誰かリスナーさんいたよね?」
B「【坂の下の蜘蛛】さんですね。この人が季節の第一報を
送ってくれるから「蜘蛛って気持ち悪いから【春告げ人】にしたら?」って
呼びかけたら、次のメールから【ハルツゲ】に改名されたんです」
A「一時期は毎週メールをくれる常連さんでしたけど、
最近は途絶えてどうしてるのかなって思ったままで終わっちゃいますね」
B「まぁ、送ってくれるのが当たり前だなんて思い上がったんでしょう」
A「あの時は独立した余勢もあって、燻ってた
スタッフさんの大半を引き抜けたし、
それに合わせてリスナーさんも大移動してくれたものね」
B「それだけGOTTAの縛りが厳しかったんですよ。
特に郡次さんの顔判定なんて堪ったモノじゃなかったですし」
A「言っていいの?誰でも低姿勢の貴方が?
しかも聞いてて楽しくないから愚痴は厳禁だって
あれだけ口酸っぱく言ってたのに?」
B「あと数分で閉局ですし、最後ぐらいは無礼講でもと思いまして」
A「そう……若くて可愛ければ、
すぐにマイクの前に座らせてデビューもありました」
B「本業はリサーチャー・手伝いはAD。欠員が出た時にだけ喋れる。
裏方も大切ですけど、マイクの前を目指して腕を磨いているのに
2年便利遣いして来年もというのは、
いくら言う事を聞いてくれると言っても虫が良すぎでしょう」
A「裏方のキャリアとしては間違ってないんだけどね」
B「それにしてもですよ。喋りたいって言ってるのを知ってのそれでしたから、
トップ特有のパワハラでしたよ」
A「それだけのカリスマ性があったのは確かだったし、
周りを率いていく強いリーダーシップがあったからね
魅力的なDJさんが集まっていたというのも事実だし、
今もホームページを見るけど、100人近くの大所帯になってるし」
B「そんなにですか?」
A「うん。タイムテーブルもローテーション放送でぎっしり。
空いている時間帯は深夜以外にはなかったから」
B「とはいえ、それだけ番組数があれば、
裏方さんにかかる負担も相当でしたよ。
進んで裏方をやる方なんて殆どいませんでしたから」
A「一番大変だった頃ってどんな感じ?」
B「土曜日が30分収録が6本、1時間収録が1本。
昼の生放送が3時間。
夜が3時間+αの生放送1本の最低10時間ADでメールを捌いて
SEを出して、曲を用意して、卓操作をして……」
A「誰もいなかったの?」
B「郡司さんが変わってやる事もありましたけど、
郡司さん自身が生放送のメインでしたし、渉外で外出されれば
できる人が私しかいなくて、事故にはできないから
淡々とこなして、何時の間にか終わってた印象しかなかったです。
よく半年やれたと今でも思いますよ」
A「確かに土曜収録でスタジオに行ったら、死んだ目をしてるか、
妙にハイになってるかの2つしかなくて、ちょっと怖かった」
B「あの半年だけで、一生分の「大丈夫です」を
言い切った気がしましたけど、まだ出てくるものですね」
A「それが洒落に聞こえないのが質が悪くて」
B「洒落だなんて……全部本音でしたよ。ただ笑ってだけで」
A「…………それで顔判定の度が過ぎるのを見かねて
抜けるって話をした時、5人ぐらいで細々とやろうと考えたんだけど」
B「あぁ、それは開局当初のこぼれ話で話してましたね」
A「それが、貴方が真っ先に手を挙げてくれたおかげで
スタッフの半数さんがこっちに移ってくれて、
開局には申し分ないスタートを切れたけど、
正直、片腕って呼ばれてた貴方が来るって思えなかったからビックリして……
あれって、他の皆と示し合わせたの?」
B「いえ。独断です」
A「でしょう?あれがなかったら大所帯にならなかったもの。どうして?」
B「どうしてと言われても……う~ん」
A「え?考えるような事?あと5分あたりじゃないの?」
B「そうでした。ですけど、これといった理由はないんですよ」
A「なかったの?話が長くなりそうだから言えないじゃなく?」
B「一言で言うなら……直感としか……」
A「またざっくりとした……」
B「本当なんですよ。こっちの方が良いって感じたからとしか」
A「ふ~ん……でも、こっちに乗ってくれたおかげで
裏方さんから話し手さんまでが入ってくれるって言ってくれて」
B「皮切りがどれだけ大事だというのを知らされましたね」
A「DJの実績があったLivさん。落研OGの上総亭笑笑さん。
ピアノの[etto先生。レコードの我喜屋さん」
B「裏方陣もABCの3人が丸々来てくれるって聞いた時は
私もひっくり返りそうになりました」
A「あの3人には先に声をかけておいた。この世界「自分が喋りたい!」って
思っている人が多すぎて、裏方志望ってそんなにいないから。
土台を固めてくれる人がいなきゃ、番組が作れないもの」
B「ですが、情では動かないじゃないですか」
A「それは……この私の色気をもっ……」
B「冗談はそこまでにしましょう。押してるって知ってるでしょう?」
A「……私が現場で学んだ制作ノウハウの全てを教えるって条件」
B「パブリックもプライベートも制作している人は説得力ありますね」
A「ツキもあったと思う。新しい子を加えようとした時も、
放送部出身の後輩で「まだやりたい!」って言ってくる子が多かったから、
そのまま加わってくれたのが大きかった」
B「それでHomeroomsが始まって、色々やりましたね。印象的なモノってありました?」
A「やっぱりなぁなぁを締めるって号令で始めた毎週レイティングじゃない?」
B「えげつない企画でしたねぇ……やっつけでマイクの前に座らせないって
番組の最後に【今日のアクセス数は幾らです】と発表して、
週の最後の生放送で順位付けするってヤツ。
発表する役目は裏方ですから、告げるのも酷でしたよ」
A「でも自主的にこうしようって考えてくれるきっかけになってたから、
あれはあれでよかったと思うし、最下位の人への罰ゲームが、
他番組の裏方手伝いというのも、人気の秘訣を盗ませるという
意味では理に適ってたもの。問題は自主申告だったから、
入りたい番組がに偏りがあったってところぐらいかな?」
B「そうですね。笑笑さんとMickey_Bさんが抜けてましたね。
etto先生も毎週演奏会をしてくれて、耳が幸せでした」
A「裏方の目から見てどう?」
B「印象的と言いますか、苦労が絶えなかったのは【ぶっちゃけ】ですね。
気に食わない者同士を対面で座らせて、15分の1本勝負するコーナー。
あれ、誰が考えたんですか?」
A「あれは確か……黒瀬君」
B「そうなんですか?」
A「そう。毎週レイティングでピリッとするのは差し置いて、
あからさまに対立ムードの加寿代さんと明音さんが
場の空気を悪くするもんだから黒瀬君がキレて、
それなら、お互い言いたい事を言い合ってくださいって
ブースの中に3人になって話をしたってのが始まり」
B「それで?」
A「あの後の2人見たでしょう?」
B「驚きましたよ。あぁだこうだって仲良く話し合ってるんですから、
知らない人間からしたら、薄気味悪かったですよ」
A「その流れを聞いて、あ、これ使えるなっって」
B「明るく言わないでください。場を持っても平行線だった時の、
最初の数分間の沈黙は放送事故同然ですよ」
A「指名された事ある?」
B「3度」
A「へぇ……誰?」
B「知ってる人はいるでしょうけど、
二滝さんと曽我君とあとは貴方です」
A「私?」
B「覚えてません?」
A「全然。何言ったの?」
B「一番くだらなかったですよ。ルビが多すぎるって」
A「あ、思い出した」
B「送られてきたメールにルビを打って渡したら、読むスピードが急に落ちて
何かあったのかって思ったら、
ルビが多すぎて何処まで読んでたのかがわからなくなるという苦情でした」
A「だってね……常用漢字にまでルビを入れれば平仮名だらけになるでしょう?」
B「じゃぁ…………これどう読みます?」
A「これ、あいねこじゃない」
B「同じ間違いをしないでください。愛猫でしょう」
A「一緒じゃない。猫を愛する事だからニュアンスは通るじゃない」
B「通る通らないレベルの話じゃないです。
作る側が率先して間違えるのが問題だって言ってるんです」
A「まぁ、後で話をしましょう。貴重な残り時間を不毛な議論で使いたくないから」
B「そうですね。他にも色々やりました」
A「大晦日の日暮れから元旦の初日の出まで
我喜屋さんのお店で生放送やって、貴重なレコードをかけてもらったり、
Livさんにくっついていって、イベントに乱入してワンコーナーやったり、
ひたすらアクセント辞典を音読するというシュールなモノもやった」
B「シュールでも人気あったんですよあの企画。
真剣に話し手でやっていきたいって思っている人ぐらいしか辞典買わないですし
基本に触れる機会を用意するのは種を蒔くには理想的です」
A「ですが、これが転機になるなんて思いもしなかったけどね」
B「確か、これを聴いて勉強していた猪高君が入ってきて、
周りにもすぐに馴染んで、暫くは顔になってくれると思ってんですが……」
A「離れ業やってたんだからね。本業・動画投稿・ラジオって3足でしょ?
しかも動画投稿の収益が本業より稼げるようになれたからって
スパッと会社を辞めて、こっちも1年で辞めて」
B「薄情だって裏方サイドはブーイングでしたけどね」
A「でも、こっちにもメリットもあったのも確かで、
OBとしてアカウントを利用してくださいって言ってくれて、
載せたら載せたで一気に入局希望者が増えて
この人の著名度は凄いなってしみじみ思ったもの」
B「連絡を取ってみましたけど、電話番号も変わってなくて、
閉局を報告したら、とても残念がってましたよ」
A「取ったんだ?元気だった?」
B「ちょっと擦れてる感じでしたけど、身体は元気だそうです。
相変わらず「黄色い悪魔が~」ってボヤいてました」
A「分厚いゴーグルに黒いマスクで入ってきた時は、
見た目が強盗犯そのもので、その場にいた全員が身構えて」
B「Cさんが腕を捻って制圧するという流れまで完璧でしたね」
A「それで入局希望者が殺到したんだけど、
その大半は、彼みたいに稼ぎたいって考える人がほとんどで、
収録そっちのけで「彼に会わせてください!」って人が多くて、
会ったら会ったで、動画作成のノウハウを教えてほしいって殺到して、
彼が辞めたら、スタッフがごそっと減ってね」
B「3分の1ぐらいが白紙になりましたし、
その頃がちょうど過渡期と重なって頭抱えました」
A「そうそう。立ち上げた時の皆の本業が忙しくなったり、
転勤で参加できなくなったりして更に減り続けて、踏ん張ったけどね」
B「あの状況から立て直して、よく3年もったと思いますよ」
A「あと何分?」
B「5分切りました。クロージングの曲を用意します?」
A「いや、最後の5分だからこのまま通しましょ」
B「なら、エンディング用の音源を後ろに流しましょう」
A「お願いします」
B「じゃぁ、1分ください」
A「了解……なら、閉局の真意をぶっちゃけましょう。
実は来月から、とある局の番組でADからDに昇格したり、
裏方としてミキシングを教えてもらう事になって、
趣味だとしても、裏話を喋られては困るから終了しなさいと
物理的に運営するのは難しくなりまして、
急で申し訳ないのですが閉局する事になりました」
B「本格的に制作一本に絞ると決めたんですね」
A「生放送が3本で、あとはアーカイブからの再放送を繰り返すだけでは
聞いてくれる人に対して失礼だと思うし、
今や個人が面白い動画を発信できるようになった時代に、
個人が運営するネットラジオの放送局は時代遅れだと判断もしました」
B「裏方さんも就職を機に辞められる方が増えて、
残っているのは私一人になりました」
A「そっちはこれからどうするの?」
B「どうもこうも……プロでも何でもないんですから
卓操作の役割も閉局と共に引退しますし、
私のラジオ人生もピリオドを打って、引き払いと後片付けだけです」
A「何年やりました?」
B「来月で、前の局を合わせて10年です」
A「じゃぁ……10年の最後に聞いていい?」
B「何です?」
A「リスナーとして、スタッフとして、ラジオを楽しめましたか?」
B「楽しかったですよ。普通なら体験できない世界の一端を
覗き見る事が出来ましたし、
第一そうじゃなかったら、閉局の死に水を取ろうなんて思いませんもの。
これからラジオを聞く機会がやってきたら、
この背後にいる裏方さんの苦労に共感して聞こうと思います」
A「これまでFM-Homeroomsの各番組をお聞きの
全てのリスナーの皆さん。本当にありがとうございました」
B「ありがとうございました」
A「今後の放送予定やゲリラ生放送の発表は、私のSNSをチェックしてください。
では、またお耳に書かれる機会が訪れる事を願って……」
B「番組のSNSにも大量のお礼をありがとうございました」
A「これにて、FM-Homerooms、閉局です!」
B「………………………………」
A「………………………………」
B「【こちらはFM-Homeroomsです。本日のプログラムは全て終了致しました。
こちらはFM-Homeroomsです】」




