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第十八談『一会』

A「失礼します!」


B「Hi!How do you do?」


A「ええっと……Nice to meet you.」


B「Vous allez bien?」


A「えっ?えっ?」


B「Per favore, siediti」


A「Grazie」


B「えっ?わかるんだ?」


A「離れて6年経ってますから、所々忘れてますけど、


  挨拶ぐらいの会話なら、咄嗟に言われても応じられるみたいです」


B「何処にいたんですか?」


A「親の転勤でアマルフィです」


B「あ、観た事ある!映画の舞台になった所でしょう?」


A「そうです」


B「いいなぁ……労せず聖地巡礼できて」


A「撮影してた頃には既に帰国してましたし、


  当時も近くにあるから、有難味が薄くなっちゃうんです」


B「何か似た話を聞いた事がある。


  確か、奈良の友達に大仏の話をしたら、面倒臭そうに言ってたよ」


A「それと一緒だと思います。日本と海外ってだけで」


B「唯のないものねだりって感じなのかな。それはそうとお座りください」


A「ここで……いいんですか?」


B「いいんですよ。楽にしてください」


A「はぁ……」


B「その様子ですと、模擬練習されましたね?しかも結構」


A「いやっ、その……はい」


B「でしょうね。見ればわかります」


A「……」


B「大体は椅子一脚と長机とパイプ椅子数脚で対面して、


  笑みを崩さないで厳しい質問を投げかけて、切り返し方を見てくるから、


  こう対応しなさいって教えられたでしょう?」


A「……はい」


B「圧迫面接をするなら、担当はやりませんって教頭に掛け合って


  許可をもらいましたんで、そちらにも机をご用意しました。


  やっぱり条件は対等じゃないとね。遠慮なくどうぞ」


A「ありがとうございます」


B「それと……お茶飲みます?」


A「お茶ですか?」


B「気分が解れればと思って食堂の方にお願いしました。


  飲む飲まないで評価をどうこうしませんから安心してください」


A「じゃぁ、1杯ください」


B「わかりました。やっぱり言わないと飲んでもらえないですね」


A「気がそっちに行っちゃうと思います」


B「1人目の面接の最中に、少し目線が外れるなぁと思ったら


  勧めるの忘れてたって気付いて……


  生徒さんには気の毒な事をしてしまいました。


  話の腰を折る「お茶どうですか?」は申し訳なかったし、


  我ながら恥ずかしかったです」


A「………………」


B「はい、お茶どうぞ」


A「ありがとうございます。いただきます」


B「………………」


A「………………」


B「さて、もう少しゆったりしたい所ですが、そろそろ書類の準備をしますね」


A「あっ……はい。よろしくお願いします」


B「これがペーパーの成績とこれが願書……受験票は……確かにご本人ですね」


A「………………」


B「あと、コレも使わせてもらってもいいですか?」


A「スマホですか?」


B「私の面接って時間よりも押しちゃう事が多くて、


  待ってくださる他の皆さんのご負担を減らす為に使わせてもらってます。


  勿論、減点対象にはなりません。時間通りに収められないのは、


  単なる私の不行き届きになるだけですから安心してください」


A「わかりました」


B「今が11時18分ですからあとは12分ですね、結構押しちゃったなぁ……


  では改めて、面接を始めます。よろしくお願いします」


A「よろしくお願いします」


B「早速なんですが、これから貴方にお時間を差し上げます。


  どうぞお好きなように喋ってください」


A「えっ?」


B「お名前や出身校やテストのデータは、


  全てここに書いてありますから見ればわかります。


  いきなり別人の名前が出てきたりしないじゃないですか。


  それならここに書かれていない事を聞きたいんで、


  練習とは違うと思いますが、自己アピールからお願いします」


A「あの…………はい」


B「お茶飲んで一呼吸置いてからでも大丈夫ですよ」


A「はい…………志望動機は演劇をしたかったからです。


  小さな頃に観た【アルビノ】の舞台に出演された


  藤枝(ふじえ)奈那子(ななこ)さんや神住(かすみ)佐登留(さとる)さんが


  ここの演劇部出身という話を雑誌で読んで、


  小中と続けてきた演劇部の経験をここで活かしたいと思いました」


B「………………」


A「特技は生まれた時からイタリアにいましたので、イタリア語の会話はできますし、


  今もメールのやり取りもしていますので、ある程度の翻訳もできますが、


  外国語ができますと言いますと、大半は英語だと勘違いされて、


  一方的に話しかけられて、戸惑う事もあります」


B「………………」


A「趣味は旧跡巡りで好きな言葉は【われ14歳の事が、またあるか】」


B「初めて聞くけど、誰の言葉ですか?」


A「徳川頼宜(よりのぶ)公です。それまでは次のチャンスがあると思っていましたが、


  14歳は2度とやってこないと悔しがったのを父親の家康に褒められたと聞いて、


  自分よりも若い年齢でそう言い切れたんだと驚きました」


B「………………」


A「もし合格できたなら、演劇もそうですが、


 それ以外の色々な人と交流を持てるフットワークの軽さを身につけたいと思います」


B「………………」


A「併願で他の学校を受験しますけど、どの学校でも第一志望だという


 気持ちで受けていますので、よろしくお願いします!!」


B「………………」


A「はぁ……はぁ……えっと……」


B「終わりました?」


A「……はい」


B「わかりました。ありがとうございます。


  3分には少し届きませんでしたけど最後の方は熱弁でしたね。


  お茶で一息ついてください」


A「ありがとうございます」


B「では、今度は私からですね。楽になさってください」


A「はい」


B「質問ではありませんが、これを用意しました。


 ごめんなさいね。小道具ばっかり出してきて」


A「これはブレザー?」


B「そうです。この学校のブレザーです。貴方は……こっちのサイズかな。


  試しに袖、通してみます? 」


A「いいんですか?」


B「もちろん。採寸してませんから、フィットするかはわかりませんけど」


A「じゃぁ、失礼します……あ、ちょっと小さいかも」


B「別にボタンで留めなくても、羽織る感じにしてくれても構いませんよ」


A「それなら……これで」


B「ゆーっくり教室を一周してみましょうか」


A「あの、これは一体……」


B「まぁまぁ、騙されたと思って回ってみてください」


A「わかりました」


B「………………」


A「………………」


B「どうですか?イメージ湧きましたか?」


A「イメージですか?」


B「そうです。ここで学生生活を送るビジョンです」


A「……よくわからないです」


B「では、窓を開けてみましょうか」


A「着たままでいいんですか?」


B「大丈夫です。終わる時に返してくれればいいですから」


A「はい………………うわぁ」


B「まだ肌寒いかな」


A「でも気持ちいいですね。気分がシャキッとします」


B「空気澱んでました?」


A「ちょっと暖房が利きすぎてるって入った時から思ってました」


B「すいません。寒がりでして……」


A「閉めましょうか?」


B「いや、結構です。そう言われるという事は空気が悪いんでしょうから


  このまま続けましょう。お座りください」


A「はい。失礼します」


B「早速ですけど、ネタバレしますね」


A「ネタバレ?」


B「はい。どうして一問一答式の面接をしないのかという理由です。


  ビックリしたでしょう、いきなり喋ってくださいって?」


A「そうですね……あっ……すいません」


B「大概の生徒さんはそんな反応されます。一期一会ってわかりますよね?」


A「はい」


B「学校の下調べもされたでしょうが、ここは一学年700人規模で


  生徒だけでも2300人はいますし、教職員も総勢で約250人在籍しています。


  少し間違ってるかもしれませんけど、200人は超えてます」


A「そんなに……」


B「ですから、入学から卒業までで一度も会わないままという人も出てきます。


  私も顔が広いと言われますけど、顔と名前が一致するのは200人程いますが、


  それでも全体の10%で、殆どは出会わないまま別れます」


A「……」


B「面接ともなると、一生に一度しかない出会いに与えられた時間は


  ほんの15分しかありません。それを質疑応答に使うのは勿体ない


  ですし、15分で相手の人となりを掴むなんて私には不可能です。


  それなら、皆さんの印象に残るような面接を目指して


  色々と小道具を用意させていただきました。


  あ、これを参考にしないでくださいね。他の方は真っ当な面接を


  されるでしょうから」


A「はい」


B「おっと、そろそろ巻かなきゃいけなくなってきましたね……


  では、最後ぐらいは面接っぽい質問でもしましょうか。


  何か聞いておきたい事はありますか?」


A「この学校で気を付けなくてはならない所ってありますか?」


B「気を付けるですか?面白い切り口ですねぇ……


  う~ん……何処だろう……校則を守っていれば結構自由なんですよ。


  地毛が茶髪でも、入学式直後に申請書類を1枚出してくれれば、


  卒業月の末まで容認してくれますし、節度がある範囲でのスマホの


  使用まで容認されてますし……変だなぁと思われるのは、


  最初の1週間に限って行われるはお辞儀の作法の訓練でしょうか。


  開始直後の5分はひたすらお辞儀です。先生方の判断次第ですけど、


  厳しい方は延長される方もいると聞きます 」


A「先生は?」


B「ちゃんと5分計って、時間内はしっかりやっていただきます。


  最初の1週間だけですから、苦にはならないと思いますし、


  合計30分の訓練だけで、式典で生徒のお辞儀が揃う様子は


  圧巻の一言ですね」


A「あと、この学校で純粋に尊敬できる人はいますか?」


B「そりゃぁ、皆さんですよ」


A「……」


B「…………んっ、ん-……個人的な意見になりますが、


  こちらの事務員さんや用務員さんはとても優秀だと思っています。


  少し前に希少な万年筆のペン先が折れた時、


  その型の専用のペン先が欲しいって購買に持っていって、


  平然と新品を出された時は「あるの!」って思わず言っちゃいました。


  今持ってるこれがそうですね。裏方さんの底力には頭が下がりますし、


  仲良くなれれば結構融通利かせてくれますから


  購買部の方とは仲良くするのをお勧めします」


A「そうですか、ありがとうございます」


B「もう聞く事はありませんか?言い残した事でも構いませんよ」


A「…………私、嘘をついていました」


B「嘘……ですか?」


A「はい。志望動機は演劇だというのは嘘なんです。


  あ、いや……演劇を観てというのは嘘じゃないんですけど、


  それは建前で」


B「…………」


A「本音は地元から逃げたかったからです。


  私は小学校の高学年から、外国語が喋れるから生意気だと言われ


  中学と苛めの標的にされ今も続いています。


  三者面談の時も地元の高校を勧められましたが、


  生徒数が多くない上に、同じ中学の人と会ったら、


  高校3年間も同じ目に遭ってしまうんじゃないかと思うと怖くて。


  それなら私の存在が薄くなる程、人の多い所を選んで


  生まれ変わりたいんです。後ろ向きな理由で申し訳ありません」


B「木を隠すには森の中……ですか」


A「はい」


B「よく話してくれました」


A「先生が本音を話しているのなら、それならこっちも言わないと


  失礼じゃないかなって思いまして」


B「表情が解ほぐれましたね。面接中ですよ」


A「あっ……」


B「なんて言いましたが、そろそろ時間ですので終わりにしましょう。


  本日はありがとうございました」


A「ありがとうございました」


B「そろそろお昼ですね、学食が開放されていますから、


  記念に美味しいものを食べて行ってください。


  ワンコイン以下でお腹いっぱいになりますよ」


A「はい。そうします」


B「おっと、ブレザーは返してくださいね。


  紛失となったら始末書ものになってしまいます」


A「そうでした。お返しします」


B「ありがとうございます。では次の機会が訪れますように」


A「はい。失礼します」

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