第十五談『遇楽(ぐうらく)』
A「いやー…つかれたぁ」
B「随分追い回されてたみたいねぇ。やっぱり大変なの?」
A「あ、こんにちわ。
大変といいますか、こっちが思いもよらない動きをしますから、
それに合わせようとすると余分な体力を使っちゃうんですよね。
体力勝負なら引けを取るつもりはないですけど、
あの子に合わせると、疲労感は半端ないです」
B「お疲れ様。試供品で申し訳ないけど、塩キャラメルいかが?」
A「じゃぁ、いただきます…って、このロゴ…
ひょっとして銘菓頬落の新作じゃないですか!」
B「先着500名様限定で配ってたのよ」
A「その話は聞いてたんですけど、
頬落だから早い時間帯で無くなっちゃうでしょうし、諦めてたんですよ」
B「そうだったの?なら良かったわ。でも、よく頬落を知ってるのね?
貴女ぐらいの年頃なら『bruno』のチョコレートとか
『フェザー』のパンケーキに飛びつきそうだけど」
A「魅力的ですけど私、お婆ちゃんっ子で親子三代で頬落ファンなんです。
母さん、残念がるだろうなぁ」
B「それなら持って帰る?」
A「………やっぱりいただいちゃいます。
その場に居合わせなかった母さんの運が無かったって思うことにします。
………ほら、やっぱりおいしい」
B「それがいいわね。お母さんじゃなく、貴女にあげたんだから。
ウチの孫とよく遊んでくれるお礼がわりね」
A「どの子ですか?」
B「ほら、あの黄緑のピンストライプのワイシャツを着た…」
A「えーっと…あぁ、今くるちゃんと遊んでる男の子ですね?
『ともくんとボールプールであそんだー』って言ってた男の子」
B「あら?それはもう1人の子じゃないかしら?」
A「あ、ごめんなさい。かけるくんですね」
B「そうそう。3人で一緒に遊んでる所をよく見るわ。
今日は…まだともくんは来てないみたいから嬉しいんじゃないかしら」
A「そんな話がもう出てきてるんですか?」
B「『しょうらいは、くるちゃんと けっこんしたいです』って、
サンタさんにお願いしてて、ほとほと困ったサンタさんが、
次に欲しがってたヒーローものの変身グッズを入れたら、
ちょっと残念そうな顔をしたって苦笑いしていたのよ」
A「そんなにですか…」
B「くるちゃんはそんな事言わないの?」
A「言いますけど…満面の笑顔で『どっちもすきー』って返されました」
B「あらぁ、くるちゃんやり手だこと」
A「まだ5歳ですから、よくわかってないんですよ」
B「10年ぐらい前に、貴女も同じ事を言ってたはずよ」
A「えぇっと…うっわー」
B「その反応でわかったけど…でしょ?」
A「ですね…ソッコーで削除したくなります。じゃぁ貴女も…」
B「さぁ…どうだったかしら…半世紀以上も前のことだから忘れたわ」
A「それ、ひっどーい」
B「本当よ。でも多かれ少なかれ、そんな経験もしてきたんだと思うのよ」
A「お婆ちゃんだって、ずっとお婆ちゃんじゃないですもんね」
B「そういう事よ。それはそうと、普段私服だからわからなかったけど
随分若いお母さんと思ったら、ブレザー姿だから驚いちゃって…」
A「平日はあまり来れませんからね。あの娘は妹なんです。
干支が一緒なんですけどね」
B「じゃぁ、12歳も離れてるの?」
A「そうなんです。両親も何やってるんだって恥ずかしいんですけど…」
B「じゃぁ、お母様は?」
A「有休を取ってたんですけど、急に最終プレゼンをやるって連絡が入ったみたいで
代わりで呼び出されちゃいました」
B「でも、まだ2時半よね。学校は大丈夫だったの?」
A「先生に事情を説明して、早退の許可をもらってダッシュで来ました」
B「それは大変だったでしょう?」
A「くるちゃんを1人っきりにはできませんし、私にとっても待望だったみたいです」
B「だった?」
A「覚えてないんですけど、あの娘と同じぐらいの時に、
両親に『私、妹が欲しい!』って言っちゃったのを憶えてくれてて…
知らないところで不妊治療にも取り組んで、
『7年越しよ!』って言われた時には、全然ピンと来なかったですけど…」
B「ご両親には感謝しなくちゃいけないわね」
A「ですから、くるちゃんに関してはできる事はやろうって思ってます。
それはそうと、ともくんはお孫さんですよね?」
B「そうよ」
A「じゃぁ、お父さんお母さんは?」
B「娘がシングルマザーで働きに出ちゃってるから、
帰ってくるまでは私が面倒を見てるのよ」
A「それは、悪い事を聞いちゃいました」
B「別にいいのよ。娘が元気に過ごしてくれるならそれで十分だし、
『シングルマザーが上手くやっていく秘訣は、両親と仲良くする事ね』って言いながら、
ともくんを連れてきてくれるんですもの」
A「やっぱりお孫さん、可愛いですか?」
B「もちろん。『娘よりも何倍も甘やかしちゃって…』って
いい顔をされない時もあるけれど、躾の箍が外れたら
こうなっちゃうのよって言ってもわからないもの。
貴女がお母さんになった時に、お母様をよく観察してごらんなさい。
あぁ、あの時の事ってわかる時が来るわよ」
A「まっだまだ先になりそうですけどね…」
B「そうかしらね…」
A「………ああっ、あっぶない!頭からすべり台すべっちゃだめでしょーっ!」
B「あらあら、お転婆さんね」
A「あぁもう…かけるくんに助けてもらっちゃって…」
B「でも楽しそうだし、泣かないじゃない。すごい子ね」
A「観てるこっちがヒヤヒヤしちゃいます」
B「……でも、不思議だと思わない?」
A「えっ?急にどうかしたんですか?」
B「あの2人を見てると思うのよ。不可思議な縁もあるものねって…」
A「不可思議?何ですかそれ?」
B「言い方が古かったかしら?不思議と同じ意味よ」
A「そうですか?普通にじゃれあってるように見えますけど…」
B「じゃぁ、質問。かけるくんの苗字って知ってるかしら?」
A「苗字ですか………あれ?そういえば知らない…」
B「私もくるみちゃんの苗字は知らないし、
何処の幼稚園に行ってるのかとか、何処に住んでるかも知らないのよ」
A「そうですね」
B「偶然此処で逢っているだけなのに、それでもあの子達は楽しく遊んでる。
これは稀なことだと思うわ。軽い奇跡と言っても言い過ぎじゃないと思うの」
A「そんなにオーバーなことですかぁ?」
B「苗字だけを知る機会なら何処にでもあるわ。
幼稚園や小学校なら、クラスの名簿を見れば苗字はわかるでしょうし、
大人になれば名刺交換はするでしょうから、最低でも入ってくるものよ。
何も知らない者同士だと、それこそ何も始まらないわ」
A「………」
B「そんな常識の世界をさらっと越えて行くのよ、あの子たち」
A「……凄いことをやってるんですね」
B「だけど、苗字しか知らない物凄く薄い関係だから、
ほとんどはこれが最初で最後の出会いになるでしょうけど、
何処かでまた巡り逢えるかもしれない。
それはあの子達だけが持っている運命次第で、
そこには誰に入り込むことはできないわ」
A「詩人ですね」
B「そうかしら?」
A「えぇ、とっても素敵です」
B「ありがとう…あら?くるちゃんがかけるくんに何か渡したみたい…」
A「あぁ。そういえば、来週幼稚園のバザー用の招待状を作ったって言ってました」
B「運命がそうさせたのかもしれないわね」
A「そうですね…でも、ともくんにも渡しそうだなぁ…」
B「早速、波乱が起きちゃうかも…」
A「あはは……そうならないようにお願いするしかないみたいですね…」




