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第十四談『衷心』

A「せんせぇ……もう入ってもいいか?」


B「あら?もう時間が来た?」


A「いや。まだ10分ぐらい前なんだけど、


  外が暑過ぎて、我慢できなくってさぁ…」


B「だらしないわねぇ…引退してまだ2週間も経ってないのに。


  それなら運動棟の部室にいれば良かったじゃない?


  さっきまで井関だったけど、部室で涼んできてたみたいよ」


A「うん。さっきそこですれ違ったけど、


  『何汗だくになってんだよ?』って笑われた」


B「井関からしたら当然の言葉ね。で、どうして?」


A「そりゃそうじゃん。


  目の上のタンコブがいなくなって、2年が中心でやっていこうってのに、


  いきなり引退して間もない俺等が先輩面してきたら、


  浦田等も立場がないし、1年は尚更退け目になるじゃん」


B「律義よねぇ」


A「怖い先輩でいたかったからさ。


  井関が後輩と仲良くするんなら、俺は厳しくやらないと、


  部としての締まりがなくなるじゃん」


B「それで決勝まで行けたんだから大したものよ。


  応援に行ったけど、翔博(しょうはく)の中堅って何?規格外よあの身体」


A「あ、見に来てくれたんだ、あざーっす」


B「そりゃ、教え子の試合は応援に行ける限り行くからね」


A「なーんか、格好悪いとこ見られたなぁ…」


B「いや、悪くなかったと思うわよ。


  先鋒を買って出て、3連勝で一気に決めようって作戦。


  先鋒・次鋒まではほぼ完璧だったじゃない」


A「まぁ、練習試合で手の内は読めてたから対応するだけだもん。


  でもあの中堅が来るとは思ってもみなかったし、


  試合後に翔博の大将に聞いてみたら、


  中学の全国大会の3位をスカウトしたって聞いて納得した」


B「という事は、あの子1年?」


A「そう、浦田には悪いけど来年は結構苦労すると思うわ。


  『産まれた年が悪かった』ってボヤかなきゃいいけどな」


B「打ち合ってみたんだから、対策教えなくてもいいの?」


A「ちょっと大振りで力任せだから隙はあるっちゃーあるんだけど…


  そのあたりは教えてやらねぇ」


B「へぇ……どうして?」


A「教えてほしいって自主的に来る奴には、教えるつもりではいるけど


  そういうのは自分で気付かないといけないっしょ?」


B「いる?そんな骨のあるの?」


A「いるとするなら、1年の佐橋と野尻ぐらいかなぁ


  井関と仲良くしているようじゃ、2年には見込みがないかもね」


B「手厳しいわね」


A「そりゃもう『怖い先輩』でしたから」


B「あ、そうそう、ちょっと待っててくれる?


  面談しようにも、井関の成績で面談するわけにもいかないから、


  ちょっと取ってくるわ」


A「成績眺めてダメ出ししちゃダメ?」


B「ネタとしては面白いかもしれないけど、それはダメ。


  一応、三者面談は真面目な場なんだからね。


  5分ぐらいで戻ってくるから、待ってなさい」


A「その間、エアコン付けといてもいい?」


B「それは構わないわ、好きになさい」


A「やりぃ!」




B「はい、お待たせ……って何やってるの?」


A「あぁ、下に須貝がいたから」


B「えっ?須貝?交換留学で、確かシアトルじゃなかったの?」


A「一時帰省で返ってきたんだってさ。


  流石は帰国子女、英語ペラッペラでビックリしたわ」


B「あの娘、ちょっとクラスで浮いてたからESS勧めて良かったわ」


A「え?須貝って1年の時担任だったの?」


B「1年の時は副担任でね、ちょっと馴染めなかったみたいだったから、


  ラッダ先生にお願いして入れてもらったの」


A「ラッダ先生って、和田を捉まえて、


  『You are Wadda. I'm Radda』って寒いジョーク飛ばしてた人だろ?」


B「常套文句みたいになってたわね。それはそうとどうして須貝知ってるの?」


A「あぁ、中学校の三年間同じクラスだったから」


B「何?付き合ってたとか?」


A「1回告って玉砕喰らった」


B「へぇ~そうだったんだ、原因は?」


A「『相棒みたいに思ってたから、突然恋人同士なんて想像できない』だって」


B「遠慮なく斬られたわね、そりゃ」


A「斬られ方が見事過ぎて、痛みも感じなかったぜ。


  でも、そこで女々しくしなかったから、付き合いが続いてると思うわ」


B「………泣いたとみた」


A「………ちょっとは…かな」


B「正直でよろしい、じゃぁ面談始めるからここ座って」


A「ういっす」


B「そうねぇ……特に注文を付けるような所はないわ」


A「席に座っての第一声がそれ?」


B「期末考査の点数とか、志望校判定模試とかの数字を見る限り、


  大半はB以上って出てるから、今の段階で何処受けようとしても、


  多分大丈夫じゃないかなって思うもの」


A「へぇ……そんなもんなんだ」


B「教師的な目線で話せば、


  これほど手のかからない生徒っていないって思うぐらい。


  E判定だらけで焦ってる子もいるっていうのにね」


A「そういった所ばっかり書いてたんだ俺……」


B「ん?そういった所って…まさか、これ適当に書いたの?」


A「そうだよ。大学のコードを見て、


  ここって徒歩30分圏内だよなぁとか、名前がキラキラっぽいなぁとか」


B「書いてる所がバラバラ過ぎて、何かあるのかなぁって思ってたら……


  希望進路は真面目に書きなさい!」


A「そんなに怒んなくてもさぁ……第一、大学行くつもりないし」


B「どうして?」


A「先生……わかってんだろ?」


B「まぁ、そりゃそうだけど……じゃぁどうするの?実業団?」


A「それこそ、最低でもインターハイ出てないと無理じゃない?


  新卒で会社入って働いて、ある程度貯まったらお笑いの道に行こうと思ってる」


B「お笑い?!」


A「出るって方じゃなくて、台本書いたりする方かな。


  親父の夢を俺が叶えるんだ。


  でも、バイトだったら何年かかるか分かんないし、


  社会人経験ってのも大切って聞くから、まずは会社員かな」


B「目指す業種の目途って立ってるの?」


A「色々材料を集めたいから、第一希望は大きな書店かなぁ。


 それならバイトから入っても、色々な本が読めるし、人間観察もできそうだしね」


B「なるほどね……はい、面談終わり」


A「え?もう?まだ10分ぐらい残ってるよ。まだ何かないの?」


B「早く入ってきたから早く終わっただけの話じゃない」


A「えーっ、納得いかないなぁ…井関はこってり絞られたって言ってたぜ」


B「井関は井関、君は君」


A「もうちょっと涼んでいたかったけどなぁ…じゃ、後輩の顔見に行くか…」


B「あ、ちょっと。話はまだ終わってないよ」


A「え?面談終わりって言ったじゃん?」


B「教師としての面談は終わりって言ったの、


  ここからは、親子面談の時間ね。はいここ座る」


A「えーっ…マジかよ…」


B「で、早速びっくりさせてもらったけど、これ本当?」


A「まぁね。何時までたっても2人に迷惑かけられないじゃん?」


B「それは、養子的な意味も含んでる?」


A「それもある」


B「別に遠慮しなくてもいいのに」


A「でも尚哉(ナオ)も今年受験だろ?余計ダメじゃん」


B「あっ、そうそう。ナオの事が出てきたから聞きたかったんだけど」


A「えっ?何かやったの?」


B「悪ぶってるけど、問題を起こす事はしてないのは知ってるでしょ?」


A「そりゃそっか」


B「三者面談の時にいきなり『オレ、凪雲(ナグモ)に行きたい!』って。


  凪雲って県下でも有数の進学校でしょう? 」


A「確かに、ココよりもちょっと頭でっかちってイメージあるかな」


B「先生も私もびっくりして『今から目指すって時間足りないよ』って言ったんだけど、


  『絶対行ってやる』って全然聞かなくて、そこから猛勉強始めたでしょ?


  休日なんか半日カンヅメになってるから大丈夫かなって思ってるんだけど、


  何かナオから聞いてない?」


A「うーん…口止めされてるし、アイツチクったら結構根に持つからなぁ…


B「聞いてない(てい)でいるから教えてくれない?」


A「まぁ、そのあたりの口の堅さは先生だから言わないと思うけど…


  洋介さんに言わないって約束できます?」


B「OK」


A「じゃ、ここからは独り言。凪雲のオープンキャンパスにナオを連れてった時に、


  偶然片思いしてた先輩と再会しちゃって、『今でも好きです』って告ったら、


  『来年の入学式でまた逢えたら付き合ってあげる』って言われたもんだから、


  その日から凪雲に行くために勉強するって、決心したみたい」


B「え?そんな事で?」


A「野郎って単純だからね。


  目の前に人参がぶら下がっていれば、そりゃ走るもんだよ」


B「はぁ…聞くんじゃなかった…」


A「動機は不純でも、あった方がいいんじゃないの?


  実際その日からキャラ変して『英語教えてくれ』って言ってくるようになったよ」


B「そんなものかしらねぇ…」


A「知られたくはないだろうから、聞かなかった事にしてよ」


B「わかったわかった。で、話を戻すけど…」


A「えぇ」


B「直向(ひたむ)きにその道に進むのも成功への道だと思うし、


  その顔を見れば、色々と考えた上での決断でしょうから止めはしない。


  でもね、そればっかりに目を奪われて他を見ないようにしてない?」


A「うーん…そうなのかなぁ」


B「今の段階なら、そんなに選択肢を狭めないようにしなくてもいいものよ。


  私も学生時代は色々やってみたいなぁって妄想してたし」


A「例えば?」


B「そうねぇ…美容師とか、ショコラティエとか、写真家とかね」


A「で、結局教職に就こうと思ったのは?」


B「書道の先生が中々個性的な方で、3年間書道部で後輩を教えてると、


  『君は人に教える事に秀でているみたいだね』って一言からね。


  本当は書家一本で行きたかったけど、それだけじゃ食べていけないから、


  教える事に一番近い道を選んだの」


A「へぇ~…初めて聞いた」


B「そうだっけ?結構みんなには喋った気がするけど…」


A「面談で何度か聞かれてるからそう思ったんじゃない?」


B「それもそうね。で、話を戻すわよ。他にも候補は考えたんでしょ?」


A「そりゃそうだけど、最初(ハナ)っから消した」


B「迷惑かけてるからって?」


A「そう」


B「………」


A「………」


B「『かけられても嬉しい迷惑もあるから』」


A「何それ?」


B「乃梨子(のりこ)先輩が私にかけてくれた言葉で、一番印象に残ってる言葉」


A「母さんが?」


B「先輩と私が大学時代からの付き合いだって知ってるわよね?」


A「そりゃもう。いつも『隣の麦穂』って言ってるじゃん」


B「大学の先輩後輩だけど、医学部は六年間だから卒業式は一緒だったって」


A「そうそう」


B「お互いが結婚しても先輩との付き合いは続いて、菜乃(なの)が生まれる時ね。


  妙に陣痛が長引いて堪えられなくなって、乃梨子先輩に連絡したら


  夜勤明けだって言ってたのにすっ飛んできてくれて、


  それ以上遅れていたら、母子ともに危険な状態になってたらしいの」


A「そんなに?」


B「1日かかって産まれてきてくれた時も


  取り上げてくれたのが乃梨子さんだったのは覚えてるんだけど、


  すぐに気を失って、気が付いたら1日半ぐらい寝てたみたい。


 その間も走り回ってくれたお陰で、保育器に入った奈乃ちゃんも無事で、


  目を開けた時に『今日で二徹目よ、全く』って、目尻(まなじり)を下げて言ってたわ。


  君が笑う時とそっくりの顔で、ついウルッときたの」


A「………」


B「『迷惑ばかりかけてすいません』って思わずこぼした時に、


  乃梨子さんが言ったのが『かけられても嬉しい迷惑もあるから』って。


  いつかどこかで使おうと思ってたけど、まさか先輩の息子に言うなんてね」


A「………」


B「乃梨子さんは私だけじゃなく、菜乃の人生も救ってくれた。


  だから乃梨子さんと一樹さんがあの事件で亡くなった時、


  責任を持って貴方を最後の1秒まで育てきる事が2人への恩返しだと思ってるの。


  洋介さんはここにはいないけど、きっと同じ事を言うわ」


A「………」


B「だから、ね。物理的な理由で選択に蓋をしないで。


  覚悟はとっくの昔にできてるんだから」


A「………」


B「………」


A「ありがとうございます」


B「お礼なんて、後でいくらでも聞いたげるから」


A「実は………精神科医って夢もあって…」


B「へぇ~…それは初めて聞いた」


A「よくさぁ、年末になると話題になるじゃない?『今年の自殺者数』って」


B「あるわね。誰でもどんよりしちゃうニュース」


A「よく3万人を切ったのがいい事のように話すけど、


  それでも1日で80人ぐらいが自分で死を選んでるのもどうかと思うし、


  遺書がない自殺は『変死』扱いでカウントされてないから、


  実際は10万人以上が自殺してるって話もあるんだって、


  小さな市の人口よりも多くの人が1年間で亡くなってるのは半端じゃないよ」


B「そんなにもいるの!」


A「その10万人強の中にだって、


  立派な事を成し遂げる可能性を持った人がいたかもしれないって考えるとさ、


  おこがましい事けど、その中の1人でも僕が防げるのならって」


B「そうなると…医学部志向かぁ…確かに尻込みする理由もわかるわ」


A「6年間だし、私立だととんでもない額になるのは見えてる事だからね」


B「わかった。今の話は洋介さんにも話してみる。


  じゃぁ、1週間先延ばしにしましょう」


A「えっ」


B「確かに精神科医の夢だって素敵だし、目指して欲しいけど、


  最初に言った『構成作家』か『脚本家』になるのかな…


  その夢だってとても素敵な夢だと思うわ。


  だから、真剣に考える時間を1週間置いて、じっくり考えて結論を出して欲しいの」


A「OK。マジになって考えるよ」


B「よっし。これで親子面談も終わり。今日の三者面談もこれで終了っと」


A「お疲れっした」


B「片付けが終わったら帰るつもりだけど、まだ須貝って下にいる?」


A「え~っと…あぁ、いたいた。すがいーっ!」


B「なら、須貝と一緒にいて」


A「えっ?どうして?」


B「あっちでの積もる話も聞きたいし、中学時代の黒歴史も聞いてみたいしね」


A「マジかよ…それってひどくない…?」

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