第十三談『我慢』
A「いやぁ…涼しくなってきたねぇ」
B「ホント。あとはこの湿度だけは何とかならんもんかねぇ…」
A「熱中症は気温よりも湿度が引き起こすとも言われてるみたいだけど、
この国にいる以上、湿度からは逃れられんでしょー」
B「『おんだん…』何だっけ、地理系の授業で習ったヤツ?」
A「温暖湿潤気候か?」
B「それそれ、もう思いっきり詐欺じゃね?」
A「何処がよ?」
B「湿潤の『潤』の方。湿度があるから『湿』は納得するけど、
『潤』は潤うだろ?この状況を潤ってるって言うか?」
A「少なくとも、乾いてるとは言えねぇけど、他にねぇんだもん」
B「そこまで言うんなら別の何かでも考えてみるか?」
A「んじゃ、調べてみっか。検索はどうする?」
B「まぁ…『潤う』と『類語』でいいんじゃね?」
A「りょーかい。『うるおう』…と…『るいご』っと………出たぞ」
B「どんなんよ?」
A「えーっと…『水分を保つ』『湿り気がある』『水気を含む』『濡れ濡れの』
『しっとりとした』『ウェットな』『水気を吸った』などなど」
B「『濡れ濡れ』って響きがエロくていいじゃん。
温暖ヌレヌレ気候なんてお天気お姉さんに言わせてぇわ」
A「AVの観すぎだ。目を覚ませ目を」
B「あー、水着のお天気お姉さんなら尚更いいよなぁ……」
A「ちなみに、今誰を想像した?」
B「もちろん【A-qua】の【藤酒 依美里】に決まってるじゃん。
気象予報士の資格とGカップだぜ。ほぼ無敵じゃん。
お前だってグラビア観た事あるだろ?」
A「あぁ、写真集にサインとキスマークを貰って浮かれついでに
観賞用を3冊も買って見せに来たよな。
観賞用ってのはわからなくはねぇが、3冊もいるか?」
B「財布の全財産出して3冊がやっとだったんだ
その中の一冊を布教用としてあげただろ?それどこやったよ?」
A「んーっと……どこやったかなぁ……」
B「捨てたとか言ったら承知しねぇぞ」
A「流石にそれはないとは思うけど……
あぁ、あった。卒アルの隣で茶袋に包んであるやつな」
B「中、見てもいいか?」
A「そこで嘘ついてどうなるよ?まぁ、別にいいけど」
B「………ははーっ。いつもながら豊かでお美しいバストでございますこと……」
A「お前………バカだな」
B「そこでしみじみバカって言うな!」
A「毎日保存用で拝んでるんじゃねぇの」
B「保存用は保存用、観賞用には観賞用の楽しみ方がある!」
A「はぁ……やっぱお前バカだわ」
B「確認するように言うな!」
A「これのせいでこっちは大揉めになったんだからな」
B「何?沙那ちゃんと何かあったのか?」
A「持ってきた時に俺に言った事覚えてねぇか?」
B「何だっけ?」
A「ほら、ぺったんがどうのとか…」
B「あぁ、『ぺったんの沙那ちゃんが見たら卒倒するぞこれ』って……まさか」
A「そのまさかだよ」
B「あっはっはっはっはっはっはっは!そりゃ悪かったなぁ」
A「悪かったところじゃねぇよ!」
B「どうだった?ガチギレ?」
A「そっちの方がまだマシだった。見た途端に凍りついたんだけど、
その後は何も見なかったようにスルーされるんだぜ。
あの時の気持ち悪さと居たたまれなさは最近味わった事なかったわ。
その後、飯でハンバーグを作ってもらったんだけど、
ハンバーグの皿を置くか置かないかのタイミングで、
『ビキニにエプロンじゃなくてごめんね』って一言……」
B「ひょぉぉぉぉぉ…」
A「お前が一番お気に入りだって言った、シーツに包まったショットと同列で
絶賛してた料理のワンショットをそのまま真似ようとしたんだと。
お陰でハンバーグが異物みたいになって、味が分かんなくなったわ」
B「こえぇな、沙那ちゃん」
A「それからその日はずーっと謝り通しで生きた心地もしなかったよ」
B「まさか、俺を売ったって事は……」
A「本当なら売っちまっても良かったと思うけど、流石にそれは止めた。
悪ぃけど、泰人に頼んで泥被ってもらった。
身内なら沙那だって厳しく責めてこねぇから」
B「で、泰人君は?」
A「沙那の100本組み手の相手をさせられて、投げられ放題。
黒帯で受け身が巧いとはいえ、最後辺りはボロボロだったみたい」
B「そりゃぁ、お前よりも泰人君に迷惑かかったなぁ……
何かしてやったほうがいい?」
A「カラッと忘れる奴だから気にはしてないと思うけど、
まぁ、牛丼大盛ぐらいは奢ってやってくれよ」
B「りょーかい。でもそんな写真集がよく戻ってきたな」
A「あげたって言われても、お前の事だ。
何時『アレ返して』って言われるかわかんねぇから、
また泰人に頼んで預かってもらった。
戻す時も沙那に見つかりそうになって、3回は差し戻したわ」
B「特盛にでもすっか……」
A「お新香と卵も忘れんなよ。それと俺にもな」
B「は?泰人はともかく、どうしてお前まで?」
A「お前を沙那に売らなかった口止め料」
B「そりゃねぇだろ?使ったんじゃねぇの?」
A「曰くつきのモンを使うかよ!茶袋に入れて無期限謹慎扱いにしたわ」
B「パンドラの箱が開くのを楽しみにしてる」
A「するな。それと先に言っとくけど、
沙那の前で『ぺったん』とかは禁句だからな」
B「『ぺったん…こ』ならセーフだろ?」
A「意味が一緒ならそれもダメだろうに…ちゃんと警告したからな」
B「弄ったらどうなるよ?」
A「まぁ、瞬間湯沸かし器とまでは言わねぇけど、やりすぎるなよ。
硬い廊下で投げられたくないだろ?」
B「だーいじょうぶ!ギリギリで何度も救われてるから、その辺りは自信ある」
A「大した自信だねそりゃ、じゃぁ最近のギリギリって何よ?」
B「最近なぁ……そんなにヒリヒリした生活送ってねぇからなぁ……」
A「生きる事がギリギリだなんて悟った様に言いやがったら全力でツッこんでやるから」
B「先読みすんなよなぁ…
野良猫に悟られずにギリギリまで近付いて、背中を撫でで驚かすとか」
A「猫からしたら傍迷惑だな、それ」
B「素直に撫でられてくれねぇから、出来た時の達成感なんて半端ねぇぞ」
A「猫に興味がないから強く言われてもなぁ………」
B「興味がない?!全世界のぬこ様に謝れ!」
A「んなこと言っても、どっちかって言えば俺犬派だし」
B「全く、興を解せぬ奴よ……」
A「悪いが、あまり理解したくはない」
B「さいですか……あぁ、こんなんどうよ?
俗に言う『勝負の分かれ目』ってのが直感で分かる瞬間がある」
A「へぇ…どんな?」
B「分かりやすいのは、やっぱり野球かな。ルールぐらいは知ってんだろ?」
A「まぁな」
B「チームとチームとの団体戦というイメージがあるかもしれねぇが、
その最初は投手と打者のガチンコになるだろ?」
A「そりゃそうだ、投手が投げないと試合が進まない」
B「そこに第三者の目が入ってくる。それが審判さ」
A「判定をする人がいなけりゃ、それはそれで試合は進まない」
B「例えばゲームの野球の世界なら、ストライクゾーンなんて、
あらかじめ仕切られたゾーンにボールがあるかないかの判定で決まってくる」
A「ふんふん…」
B「そんな機械の判定みたいな事が人間の審判には、中々難しいわけ。
たった一球の際どいコースの判定で戦況は大きく変わってくる。
その場では凡打で終わって大きな事が起こらなくても、
そこから投手がコントロールを失って試合を落とすシーンなんて、
よく見てみれば何試合もあるし、
終盤になるとその1試合1試合が重くなっていくんだから不思議なもんだぜ」
A「それってプロの世界の話で、俺らにはそんなに影響ないじゃん?」
B「そんなに言い切れる話じゃないぜ。
例えば、10分ごとにバスが来る停留所がある。
家を出て、時計を見たら4分台だったとしようか。
停留所まで歩いたら間に合わないけど、走ったらギリ間に合うかもしれない。
さて、どうする?」
A「そんなもん、ダッシュで間に合うようにするさ」
B「そこで何となくわかるんだよ。
『あ、これは歩いた方がいいかもしれない』ってな」
A「どうして?」
B「俺自身も分かってないから『何となく』なんだって、
ただそれがうまくいく事の方もあるんだわ」
A「どんなのよ?」
B「歩いてすぐに雷が鳴って、慌てて傘取りに戻ったら土砂降りに遭ったり、
先に行ってたはずのバスが渋滞に捕まって追い越して、
結局はそっちの方が早く駅に着いたりするんだよ」
A「たまたまなんじゃねぇの?」
B「まぁ、そうだけど、
そうなった時の印象は強く残ってるだろ?」
A「そりゃそうだ」
B「だから、究極の二者選択となった時には、
「嫌な感じがする」方は極力選ばないようにしてるんだ。
皮膚感覚って案外馬鹿に出来ないもんさ」
A「ふーん……長講釈をどうも。
喉乾いたろ?何か飲むか?コーラぐらいしかなかったと思うけど」
B「あぁ、ついでに氷の一つや二つぐらい入れてくれると助かる」
A「あ!やっと言ったな!」
B「えっ?何がだよ?」
A「『あつい』って言ったじゃないか!」
B「言ってねぇよ!『暑い』だなんて!」
A「自分の言った事もすぐに忘れちゃダメだろ?思い出してみ?」
B「氷の一つや二つぐらい入れてくれると助かる……だろ?」
A「そのもうちょっと前に付け加えただろ?」
B「もうちょっと前って……あぁ、ついでに氷のひとつやふた……あぁっ!」
A「やりぃ!これでジュース三本いただき!」
B「そういうお前も『暑い』って一回言ったからな!」
A「三本くれるってのに、一本の犠牲なんて全然痛くねぇよ」
B「よし……じゃぁ、今からその一本、奢ってもらお!
ビールのピッチャーを丸々一本分だからな」
A「独り占めかよ!」
B「当ったり前じゃん。早速権利を行使するからついてこい」
A「結局呑みたいだけじゃん…」
B「お前が勝手に『暑くて我慢ができんから、これから『あつい』の言葉が出たら、
ペナルティで飲み物一本奢り』って言い出して始まったんだから、
責任を取ってピッチャーを奢れ」
A「全く……3本奢る事忘れんじゃないぞ」
B「あー、何だって?ピッチャー呑み切って忘れる予定だから知らねぇ」
A「きったねぇ!」




