第十一談『打合』
A「では、確認しますよ」
B「うぃ・・・」
A「明日は9時に野元さんと打ち合わせがあります。
10時半からそこに茅森さんが加わって、座談会形式になります」
B「うぃ・・・」
A「起きてます?!」
B「大丈夫大丈夫、ちゃんと起きてますよぉ・・・」
A「昨日何やったんですか?」
B「え?誰とやったか?」
A「真面目に話を聞きなさい!」
B「大きな声出さないでよぉ・・・徹カラ上がりなんだから・・・
しかも後半は【Crisis】縛りでキツいどころじゃなかったのよぉ」
A「あ、玲華さんが面子に入ってたんですね。そりゃ大変だ」
B「しかも呑ますのが上手い人だから、止まんなくなっちゃった」
A「まぁ、玲華さんは昨日作品が上がって浮かれてて、
『きぃちゃん借りるねー』って言われた時から嫌な予感はしてました」
B「でしょー?」
A「その玲華さんから、
『朝までコースになっちゃったから、連絡はお昼ぐらいにしてあげてね』って言われたんで
ここまで連絡するの遅らせたんです」
B「で、その玲華さんは?」
A「仮眠もそこそこに、新幹線に飛び乗って函館です。
『【ラキピ】の【チャイニーズチキンバーガー】が呼んでいるわ』ですって」
B「あの人には何をやっても勝てない気がするわ」
A「大変だったって気持ちは分かりますけど、踏ん張りましょ」
B「うぃ・・・」
A「午前中の話はしましたね?じゃぁ、午後からですけど
昼からは夏井先生がいらっしゃいますから、お相手をお願いします」
B「ねぇ・・・それパスできない?」
A「無茶言わないでください。ご指名でやっとスケジュール押さえたんですから」
B「正直、あの人苦手なのよ・・・ちょっとしつこくて」
A「本人の前で言わないでくださいね、それ」
B「うぃ・・・」
A「何だったら助っ人呼びます?」
B「じゃぁ、佐々ちゃん!」
A「佐々井さんですか?大丈夫だったかなぁ・・・」
B「え?佐々ちゃん厳しーの?」
A「芦谷さんに聞いてみないと分かんないですけど、大変そうな顔してましたね」
B「じゃぁ、Qさん!」
A「もっと無茶言うな」
B「え~っ、聞いてくれても良いじゃん、同期なんだからさぁ」
A「久野さんは、もっと大変なスケジュール組んでます。
それこそ、佐々井さんの3割増しぐらい」
B「Qさんがそうなら、佐々ちゃんのワンチャン行けんじゃない?」
A「久野さんと佐々井さんを天秤にかけないでください。
私達からすれば、どちらも大切な方なんですから」
B「それって『商業的な事で』で、でしょう?」
A「・・・・・・わかりました。聞くだけ聞いてみます」
B「やたっ!そういうトコ大好き」
A「そんな時だけ有難がられても困るんですけどね。
あ、その後で新人さんに面通しをしてもらいます。」
B「何?面談的なヤツ?」
A「いえ、今回は既に決まってる新人さんです」
B「じゃぁ、どうして私なの?」
A「単純にファンだそうですよ。バッサリ物事を斬っていくのが清々しくなるとか」
B「へーっ、珍しいわねぇ。
あぁいうのって、敵を作りやすくなる一方だけど」
A「私もびっくりしましたもん。面談担当が私でしたけど、
つい「えっ?本当に?」って聞き返したもの」
B「でた。心の声」
A「そりゃ失礼。でも、サラッと剛柔を書き分けられてるのが凄いって絶賛してて、
引き合わせるって言った時は凄く喜んでましたよ」
B「男?女?」
A「男性です」
B「イケメン?」
A「捉え方は人それぞれですから、何とも言えません」
B「圧迫しちゃっていい?」
A「勘弁してください」
B「しょうがない、金の卵のために一肌脱ぎますか」
A「そうしてくださると、此方としても助かります」
B「その後はオフになりますね。何かあります?」
A「一肌脱ぐって言ったんだから、その新人さんの接待でもするわ」
B「えっ?やってくれます?」
A「何だか誘導尋問に引っかかっちゃった感がハンパないけど・・・
いいわ、やる」
B「ありがとうございます!」
A「こういう流れという事は・・・担当は貴女になるんだろうから、
私が出さないとカッコつかないじゃない」
B「そう言ってくれると思ってました」
A「言わなくても分かってるだろうけど、ちゃんとリサーチはしてるでしょうね?
以前大失敗して大恥かいたんだから」
B「でも、たった2,3回面談しただけで、その人の趣向が手に取れたら、
それはそれで嫌じゃないですか?」
A「それでも、招待したお店に着いた時に、
『ここ、昨日来ちゃったんですけど・・・』って言われた時は、
流石に顔から火が出たわ。あんな思いは一度で充分」
B「ありましたね、二人で固まった事。どなたでしたっけ?」
A「なっちゃん」
B「夏海さんでしたか。
あれが『此処にしよう』って決め手になったって笑ってましたもん」
A「間抜けに映ったのは間違いないわね」
B「今じゃ、ウチのホープですよ」
A「3日前に顔合わせたけど、当時と雰囲気変わんないから安心するわ」
B「そりゃ良かった」
A「あの時は福になったけど、次は多分ないわね」
B「えぇ、わかってます」
A「で、その彼って何読んでたの?面談で聞いたんでしょ?」
B「えぇ。やっぱり癖ありますよ」
A「まぁ、この世界って最初から何かに尖ってないとやってけないからね。
で、何が出てきた?」
B「・・・・・・・・・【勇無き者共の戯言】」
A「うえっ!完全な黒歴史じゃん!
しかもドス黒三部作の中で、一番濃いいヤツじゃない」
B「でしょうねぇ」
A「『コレをよくOKしたなぁ』って書いてた本人がビックリしたぐらいのものよ」
B「それが案外ウケたんですから、わからないもんですよ」
A「本になったのを貰ったけど、恥ずかしすぎて本棚の肥やしになってるはずね」
B「『本能が持つ生への執着とは、これほど恐ろしいモノなのか・・・
1秒でも早く断ち切ってくれる誰かを求めて生き永らえている。』って
握り拳片手に諳んじてましたよ」
A「あーあーあーあーあーあーあーあー、きこえなーいきこえなーい」
B「『本音を代弁してくれる人がいた!』って感動して、
思いを改めるようになったって言ってましたよ。
ですからドス黒作品も出す意義があったんですよ、彼にとっては」
A「そんなものかなぁ・・・」
B「それを読書感想文にしようかと真剣に考えたそうですよ」
A「え?!マジ勘弁してほしいんだけど・・・」
B「内容が黒過ぎて、まとまらなかったって悔しがってました」
A「そりゃ良かった・・・」
B「それで別の作品の読書感想文で特賞を獲って、きっかけが拓けたみたいです」
A「ドス黒の他に何を選んだのかが興味あるわ」
B「【若人よ・・・】だそうです」
A「その振り幅の大きさは何?!」
B「指定の書籍で仕方なく」
A「まぁ、若者賛歌って万人受けするもんね」
B「でも、指定書籍で特賞獲るんですから興味ありません?」
A「確かに、ありきたりな感想だったら他と一緒に埋まっちゃいそうだもんね」
B「あとは、今時の若い人って感じですよ。
ハイファンタジーからミステリー、ラノベまで読んでるみたいですね」
A「何言ってるの?私達だってまだまだ若いじゃない!」
B「昭和生まれって、もうババア扱いだって知ってます?」
A「それは、一個人の意見でしょ?気にしないわ」
B「けど、30代は目前ですよ。あっという間ですよ」
A「今死んだら『まだ若かったのに・・・』って言われるわよ」
B「実行しないでくださいね」
A「しないわよ!暗いのはドス黒だけで充分でしょ?
また鬱屈が溜った時に相談するわ」
B「いきなり色合いの違う原稿出されても困りますから、是非お願いします」
A「そうするわ。で、他にはないの?」
B「そこで困ってるんですよ」
A「え?何に?」
B「例えば、相手が地方から上京してきたなら、
故郷の味が恋しいでしょうから、地方専門の居酒屋に行って、
地の物を使った料理を肴に色々話が進むんですけど、
彼、生まれも育ちも東京なんで、その手が使えないんですよ」
A「別に構えなくてもいいんじゃないの?」
B「そう言われればそうなんですけど・・・」
A「逆に意表を突き過ぎるのも考えものだと思うよ。
いきなり『私達の会社はこんなんですー』って趣味嗜好を全開にしたら、
それこそ、退かれちゃわないかしら?」
B「確かにそれはありますね」
A「最初は普通で充分。後々、此方側に染めちゃえばいいじゃない」
B「その言い方、エロいです」
A「そう?普通に言っただけよ。 あ、これなんていいじゃない?」
B「え?何です?」
A「今調べてみたんだけどあるじゃない、東京発祥って」
B「へぇ~・・・それは一体?」
A「えっとね・・・『江戸野菜』って書いてあるわ」
B「江戸野菜ですか?」
A「江戸時代にこの辺りで作られた野菜を使った料理を出してるみたい。
一度廃れたのも、復刻させたりして種類は豊富なのよ」
B「それいいですね!」
A「男性だから野菜ばっかりという訳にもいかないけど・・・
コース次第ではお肉もあるみたいだから大丈夫だと思うわ」
B「じゃ、早速予約押さえちゃってください」
A「え?私がやるの?」
B「経費で落とすので、領収書も忘れずにお願いします」
A「ちょっと・・・持って行き方強引すぎない?」
B「貴女が払うからいいんです。
憧れの人がご馳走してくれるってだけで嬉しいものですし、
残酷な言い方ですけど、彼が売れずに終わったとしても、
その時の思い出は、ちゃんと残るものだと思いますから。
証人は私です」
A「えっ?誰に奢ってもらったの?」
B「厳密には私の母なんですけど、
【GleeMonsters】の日吉翔さんに偶然会って・・・」
A「日吉翔ってソロになった途端に一気に当たった人じゃない」
B「インディーズ時代から大ファンだったみたいで、
その場で手売りのCDを買ったら、サインと写真まで撮ってくれて、
おまけに、私達の飲食代まで払ってくれたんです」
A「太っ腹と言うか・・・見栄っ張りと言うか・・・」
B「『支持してくれる人をそのまま返すわけにはいかないね』ですって。
そのCDプレミアついてますけど、今でも実家に帰ると、
仏壇の隣に飾ってあるんじゃないかしら・・・」
A「仏壇に飾るものじゃぁないと思うけど」
B「多分、お棺に入れて持っていくという可能性もあるんじゃないかと・・・」
A「そこまで行くと、熱狂を通り越して盲信ね」
B「まぁ、母も行き過ぎてる所はありますけど、
例え一過性でも、感激してもらうのは大切だと思います」
A「それはわかった。で、どうすればいい?」
B「何がですか?」
A「衣装的なやつよ。ドス黒が好きなんだったら、当時着てた衣装が残ってるけど」
B「まだ持ってるんですか?あの青一色」
A「一応ね。イメージって大切じゃない?」
B「それこそ、さっき言った『意表を突き過ぎる』になりません?」
A「そりゃそっか。でも普通すぎても印象薄くならない?」
B「う~ん・・・そうですねぇ・・・ワンポイントに青を使うぐらいかな」
A「シャツのボタンが青ぐらい?」
B「それぐらいでいいんじゃないっすかぁ」
A「じゃぁ、それを軸に見繕ってみるわ・・・あ、それと」
B「はい?」
A「これは後日談で書いちゃっていいヤツ?」
B「聞くという事は、ストックなし?」
A「そうとも言う」
B「今の所は、どんな事を書くかも分からないわけですから。
内容によるとしか言えませんけど、
最低でも2回は検閲にかけられると思ってください」
A「誰の目を通すかも重要になってくるわけね。お願い、目を通して!」
B「検閲は第三者ですので、私からは何とも・・・」
A「じゃぁ、息のかかってる人に・・・」
B「そんなに変な方向になりそうなんですか?」
A「保険よ保険」
B「保証は出来かねます。ここで軽々しくOK出したら、何しでかすか分かんないでしょ?」
A「ひっどぉ、信用されてないのね」
B「ある部分では、とても信用してますよ」
A「どこよそこ?」
B「余裕を持って仕上げてくれる所なんて凄いなぁと思いますよ。
ギリギリまで苦しんでいる人を何人も見てますから」
A「それも『営業的に』という枕詞が付くじゃない・・・
もっと人として何かないの?」
B「人間的に・・・ですかぁ・・・?」
A「何、その言い澱む感じ?」
B「お世辞なら言いますけど、言われたら怒るでしょう?」
A「まぁ・・・良く分かってるじゃない」
B「同期なんですから、それぐらいは知ってます」
A「でも何かないの?」
B「だからこうやって考えてるんじゃないで・・・ってあぁ、ありました」
A「何もなかったら、どうしようかと思ったけど・・・で、何?」
B「外面がいい所じゃないですか」
A「そとづらぁ?」
B「夏井先生を始め、ファンが多いんですよ。
北畠先生や、かしさ・・・じゃなくて柏坂先生も、
貴女がいると上機嫌になりますよ」
A「ねぇ・・・どうして私はそんなオヤジキラーなの?わざと選んでない?」
B「そう言われましても・・・あ、忍野先生もですね」
A「忍野先生も!」
B「出た、相変わらずの忍野先生推し」
A「当然よ。私の原点は忍野先生ですもん」
B「『最近のは、切り口が面白いね』のお言葉付きです」
A「マジ?!」
B「ここで嘘ついて誰か得します?」
A「その一言だけで、一カ月ぐらいは頑張れるわ!」
B「じゃ、その勢いで明日はお願いしますね」
A「わかった!やってやるわ!」
B「気力が戻った所で確認しますけど、明日は9時に誰と打ち合わせでした?」
A「もっちろん、忍野先生!」
B「話をちゃんと聞きなさい!」




