第4話「宿にて」
宿に戻ると1階の食堂スペースでは食事をしている人達で賑わっていた。その中には先程証明書や情報を教えてくれた門番もいる。
ツクヨミに気づいた宿屋のおばちゃんは食器を洗う手を止めて安心したように笑った。
「ああ、戻ったかい。トラブルとかには巻き込まれなかっただろうね」
「はい、少し時間はかかりましたけど何事もなく無事に鉱石をお金に換金してもらえましたわ」
「そりゃよかった。ところでもう夕飯作っても大丈夫かい?」
「ええ、お願いします」
この世界に来て初めての料理だからどういった物が出てくるのか期待を胸に空いている席に着く。するとツクヨミの方へ門番の男が近づいて来た。
「よお、お嬢さん。狭い町だからまた会えるか期待してたんだが、まさか日の変わらないうちに会えるなんてやっぱ狭い町だなぁ」
「あら、どうも門番さん。先ほどはお世話になりました」
「いやいや、いいってことよ。それよりさっきの鉱石換金して金貨20枚になったから釣り受け取ってくれや」
そういって小袋を渡してきたので少し考えて中から金貨5枚を取り門番に返した。
「別に返さなくてもいいですけどね……それだと納得していただけなさそうですから5枚いただきます。あとは先程教えていただいた情報料として受け取ってくださいな」
「いや、情報で金貨10枚以上って聞いたこともねえって!」
「おいおいハンス、この姉ちゃんが受け取れって言ってんだから素直に受け取っておけよ」
門番の男と一緒の席にいた無精髭を生やした門番仲間らしき男が会話に混ざってきた。
「いや、そういっても子供でも知ってることを教えただけでこんな大金渡されても簡単には受け取れんだろ」
「その常識を知った上で渡すって言ってんだから受け取らないってのは逆に失礼ってもんだろ。なぁ、あんたもそう思うだろ」
「いえ、失礼とまでは思いませんけど……でも門番さんの教えてくださった情報は私にとってそれだけの価値があったから受け取って貰いたいです」
「ほらな、こう言ってくれてんだから意地張ってないで受け取れって」
そんなやりとりをしばらく続けてようやく門番が渋々といった態度ではあるが受け取った。
「ったく、相変わらず生真面目な奴だなおめえは……おっと、そういえば自己紹介がまだだったな。俺はシェイマスってんだ、東の門番をしてる。よろしくな」
「俺も名乗ってなかったな、南の門番をしているハンスだ」
「私はツクヨミです。フリーの傭兵をしていますわ」
「へぇ、その格好で傭兵なのか……てっきり王族とかのメイドかと思ったよ」
「この格好は趣味のようなものですので特に気にしないでください」
そんな風に他愛のない話しをしているとおばちゃんが料理を運んできた。
「待たせたね。この食堂の定番料理、シュバリ鳥のピリ焼きだよ」
大きな皿の上には1人前とは思えない量の鳥の足部分らしき肉が盛りつけられていた。他にも丸い形をしたパンらしきものが載った皿も置かれた。
肉はスパイシーな香りがしてなんとも食欲が刺激され、すぐにでもかぶりつきたい衝動に襲われたが素材が何かわからないまま食うのもあれかなと思いハンスに聞くことにした。
「これはどういった食べ物なんですか?」
「ん? ああ、これはシュバリ鳥っていうシュバリー王国に生息するモンスターの肉をピリっていう辛い調味料をまぶして焼いた肉だ。で、こっちのパンはシュバリーパンっていう大体の国民の主食になってるパンだな」
「モンスターの肉、ですか……それよりピリというのはどういったものなのですか?」
「モンスターって言ってもこの国ではよく食われてるし実際美味いから問題はないぜ。で、ピリってのはこの町の特産品みたいもんで肉にかけて食べるとすげえ酒と合うんだ」
シェイマスがそう補足しておばちゃんに酒とシュバリ鳥を注文した。先程までハンスとシェイマスがいたテーブルを見てみると骨が乗った大皿とコップが置いてあった。どうやら1皿では足りなかったらしい。
「それでしたら私の分も食べてくださいませんか? 量が多いので食べきれるかわからないのです」
「あー俺たちは食べ慣れてるから気にしてなかったけどやっぱ女一人で食う分には多かったか」
そう言ってハンスは小皿を頼むと少ししておばちゃんが肉と小皿を持ってきた。
小皿に肉を移してナイフとフォークを使い口の中に入れると肉汁とピリの辛さが口の中に広がる。ピリという調味料は胡椒とよく似た味だった。口の中の肉を飲み込むと次はパンをちぎり口に入れる。これが米だったらもっと楽しめただろうなと少し不満に思ったが、焼きたてのパンは外はカリカリ、中はモチモチとしてこれはこれでとても美味しかった。
「美人さんは食事するだけでも絵になるもんだなぁ」
「ナイフフォークを使って鳥の足食べるのなんて初めて見たぜ」
食事を止めてツクヨミを見ていたハンスとシェイマスがそう感心して呟いた。
ツクヨミは鳥の足をナイフフォークで食べるのは変だったかと少し焦りながらもそれを顔には出さず自分の分の果実酒で喉を潤すのだった。
その後、注文した一皿とツクヨミの残した半皿をペロリと平らげた二人はまた一緒に食おうと言って帰っていった。ツクヨミも2階の宿泊スペースに行き、自分の部屋に入るとベッドで寝転がった。そして改めて今の状況について考えていた。
(本当に異世界に来たんだなぁ……女になってだけど。AWOにログインしたらAWOのキャラでこの世界に来たわけだし他にも同じような境遇のプレイヤーもいたりするのかな……まあこの世界がどういうものか全然わからないしそういったことを考えるのは置いといてまずは情報収集が最優先だよなぁ……となればまずは王都にでも行って歴史書とかを探すべきかな)
そう考えをまとめたツクヨミは明日からどんな生活が待っているのか期待と興奮を胸に眠るのだった。
読んでいて食欲が刺激される文を書ける人ってすごいですよね。