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THE LIGHT

作者: 安岡 憙弘
掲載日:2015/09/26

THE LIGHT


私がその洞穴どうけつに迷い込んだのは、ある暑い日の午後のことだった。私はいつもの様に、サンドイッチの昼食を済ませてから、ふらふらと散歩に出たのであった。

 海の見える場所まで出ると、私の目の前に一面の白い砂浜が広がった。そこで砂浜に沿って歩いていると、波打ち(ぎわにぽっかりと、岩を切り崩して穴が開いているではないか。私は中を見ようと、ガンバッて体を乗り出してみたが、中は真っ黒で、どうにもよく見えない。


 意を決して私は、中に入ってみることにした。

 ポツン、ポツンと水滴が地面に落ちる。私の手の中には、唯一つの持ち物の乾パンが握られている。さっき昼食の際に、余ったのを食べずに持っていたのだ。

 しかしながら、洞穴の中は暗く、私の手に負えるものではなかったので、とりあえず引き返そうとしたが、何か心にひっかかりを憶えて、そのまま先に進むことにした。雨滴あまだれの音ですらしなくなった。私は心細くなって、歌をうたうことにした。しかし、私の知っているのは、みじめなカエルの唄くらいのものであった。私はためらいがちに、ゲロゲロと口ずさんでいたが、なにも変わらないことに気付き、やめた。

 私のかんが合っていれば、もうそろそろ突き当たってもよさそうなものであったが、洞穴は縦に長いらしく、突き当たる壁もない。私の中では、不安と期待が入り混じっていた。このような時、私の習慣では、必ず真っ直ぐに進むことにしている。必ず左右にブレてはならない。何故なら、私は方向音痴であるから。

 3・4分ほどジリジリと進むと、やっと壁らしきものに出会った。何故こんなにも広い洞穴が海に存在しているのか、不思議に思い戻ろうとしたところ、岩の表面に何やら突起のようなものが存在している。よく触ってみると、何かの文字のようだ。触りながら解読してみることにした。最初の文字はどうやら”L”次が”I”次が”G”次が”h”次が”T”と読める。LIGHT、光のことであろうか。他に何か書いていないものかと探っていると、その壁のずっと下のほうに、丸い、何か模様のようなものが、はっきりと感じとれる。私は必死にその部分を触ってみたが、なんの模様かまでははっきりしない。私の目がみえれば、その模様はまだしも色くらいはわかったのだが、そうもいかない。私はあきらめて戻ろうとした。途中の岩のくぼみに足をとられそうになってあわてたが、なんとか転ばずに済み、私は命拾いした。

 私の記憶では、もう出口がみえそうなものだったが、光は一向に見えてこない。私は一本道を来たはずであるから、曲がるはずはない。それでは出口はどこにあるのだろうか。私は少し立ち止まって、落ち着いてみたが、やはりおかしい。

 シーンと静まり返った洞穴に、何か物音が聞こえる。トン、トン、と一、二度、それからまたトン、トンと一、二度繰り返し聞こえてくる物音だ。私は生き物でもいるのかとおもい、少し警戒した。するとその音は益々(ますます)大きくなってくる。

 「おうい、誰かいるのか。」

 私は声を出して呼んでみたが返事はない。

ただ物音だけが益々激しくなってくる。私はおそろしくなって足をかがめ、いつでも逃げ出せる姿勢をとった。

 次の瞬間、洞穴がいっきにパットと明るくなった。

 「あっ。」

と、目を閉じて、おそるおそる開けてみると、どこにいやのは、松明に灯りをともした金髪のまだ年若い、目のきれいに澄んだ女性であった。私は目を疑って、彼女を束の間眺めていた。このような所で、乙女がいるはずはないと思いながらも、私はとりあえず挨拶をするために口を開けた。

 「えーと、あなたは、どちら様ですか?私は、街の方から来た物ですが。」

 女性はにっこりと微笑んで、挨拶を返した。

 「私はこの近くに住む村長の娘で、カタリーヌと申します。突然おどろかせてごめんなさい。」

 女性はそう言うと、白いドレスの埃を気にしながら、私にこう話しかけた。

「私は、いつもここへ来て人が迷い込んだのをみると、助けて差し上げてるのよ。あなたもそのクチのようね。」

 女性は松明を持つ手を左手に持ち替え、私に火の粉が振りかからないように、とりはからってくれた。

 私は不思議さのあまり、

 「なぜあなたはこの洞穴によく来るのですか?ここは一体どういう場所なのです?」

 「私は、この先行き止まりで、文字と模様を見つけました。あれはどういう意味なのです?”Light”と読めましたが。一体何の意味です?」

 女性は少し困った様な表情を見せて、うつむきがちになった。意を決した様子でこう答えた。

 「あれをご覧になったのね。私が作りました。あなたは信頼のおけるようなお人なので、意味を教えて差し上げましょう。こちらにおいでください。」

 女性はドレスをひるがえし、地面の海水で裾が汚れぬよう気をつけながら、一歩一歩あの壁の前へ進んで行った。

「こちらですわ。」

 見るとそこには、少し不格好な形とも言える。LIGHTの文字と、その文字のずっと下に、これはかなり驚かされたが、なんと美しい孔雀の模様が、鮮やかな筆遣いで描かれているではないか。なんともうっとりするような美しさだ。

 「私、長年色んなものを見てきましたが、この色遣いはとても普通とはおもえません。これは岩絵の具を使われたのですか?私には、プロが描いたとしか思えませんが。」

 「あはは、そう言っていただけると嬉しいですわ。私、いつも祖父から絵を習っていますの。

この孔雀は、そんな中でも、私の一番のお気に入りです。私は、鳥の絵が上手ですの。」

 女性はそう言って、照れ隠しに髪の毛をかきあげた。

  中で私の見たものの中で、それは確かに美しい一品であったが、何やら不穏なものを感じて、私はそれ以上追求するのをやめた。

 「あなたには、この“LIGHT”の文字の意味がおわかりですか」

と女性は尋ねた。先程からこの女性は、壁の岩の苔をひっぺがしては捨てて遊んでいる。

 「さあ、分かりませんね。」

 私はなんだか不気味なものを感じて、あまり話さずにいることにした。女性は、

 「そう。」

と答えて、しばらく壁の文字を見つめていたが、

「じゃあ、いいですわ。」

と言って、くるりと向きを変えた。私はなぜ教えてくれないのか不審に思いながらも、女性の隣を歩いた。

 「あなたは私の気持ちをお察しですか?」

と女性は私に聞いた。私は少しとまどって、

 「さあ。」

と答えた。

 「私には、兄がおりまして、あなたと似たようなお姿をしておりました。背格好というか、雰囲気というか。あなたを一目見て驚きました。兄には、大切にしている小鳥がありまして、私もよく面倒をみていたのですが、ある日突然死んでしまったのです。兄は可哀相に思ったのでしょう。その小鳥を庭の片隅かたすみにお墓までたてて、葬ってやりました。その小鳥の名前が、LIGHTと言うのです。私は、兄がいつもその小鳥をかわいがるのを見ていたものですから、とても悲しくなって、ワンワン泣きました。兄は泣くなと言って、こうなぐさめてくれました、『カタリーヌ、お前は何もわかっってないね。鳥は死ぬと天国の実を食べられるようになるのだよ。天国の実はそれはもうおいしくて、よだれが出るほどなんだ。お前も死んだらその実が食べられるんだよ。』と、こう申しておりました。

兄の言ったように、小鳥は天国の実を食べられたのでしょうか。私はそれを確かめるために、お墓に毎日手を合わせて、どうか私にLIGHTが天国の実を食べたかどうか教えてくださいとお願いしました。するとある日のこと、庭にあったお墓が、こつ然と消えているではありませんか。私は驚いて兄にその事を告げると、兄はこう言うのです。『天国の実を食べたら鳥はもう鳥でなくなるから、お墓もなくなるのさ。LIGHTはきっと天国で何か違うものにうまれかわっているにちがいない。』と。私は何故かしら涙があふれてきて、兄の言ったことは正しいのだと思うようになりました」。私はあまり信心深い方

ではありませんけど、兄の言った事だけは今でも私の心の中で生き続けております。それでこの壁にLIGHTの文字を作って、私もいつか、天国の実をたべられるようにと、ここの洞穴に来ては、お祈り致しておりますの。」

 LIGHTの文字が鳥の名であったとは、私には驚きの話だった。

 「最後にお聞きしてもよろしいですか。あの孔雀は、何故あそこにお書きになられたのですか?」

 「ああ、あれは私の思い付きですのよ。ああした方が、人がこの洞穴に迷い込んだ時に、脱出しやすいでしょうって。」

 「しかし真っ暗では何も見えませんが。」

「あなたは、この洞窟に入ってすぐに、あれにお気付になられましたでしょう。

だって、途中で引き返さずに、ここまで来られたではありませんか。

私はいつしか、あの孔雀に導かれていたというわけですね。」

 私には、この女性の話が何故だかよく分かった。私にも信仰心が少しでもあるのだろうか。

 私はそう考えながら、出口のLIGHTの方へと歩いて行った。

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