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流行りの靴が好きになれません。

8割方本当のこと。2割脚色。日記みたいなものです。


 「うあ、疲れた」

 23時48分。自宅アパートに帰って、低いヒールの靴を脱ぐ。

周りの子は分厚いコルクヒールを履いて悠々と歩いているけど、私にはこの4センチのヒールが限界です。別に背を高く見せたいわけじゃないからいいんだけど、なんか・・・・・・。


「ただいまあ」

返事のない箱のなかに声を投げかける。つけっぱなしの風呂場の換気扇の音だけが聞こえる。煩わしい音。


なんとなくベッドの淵に腰かけて、テレビをつけて、スマートフォンを眺める。

最近はファッション通販サイトを見るのが好き。


あ、この服かわいい。

洗練されたゆらゆらした形の白いシャツ、明るいグレーのスカート。

ふわっとした髪型に花の髪飾り。

・・・・・・そして分厚いヒール。


「はっ」

 今、すごく意地悪な顔をしている自信がある。こういう時の私はいつもこう思う。


 ‟背が低くて、足が太いことを誤魔化してるだけでしょ?”って。


なんでこんなのがかわいいって言われているのか分からない。

美しい?わざわざ足に重い荷物をつけて歩く意味!わからないなあ・・・

ぐるぐると、‟流行”への悪態が眉間に集まる。


 「はっ」

不毛なことをしていた。

悔やんだころには24時39分。肌のエンジェルタイムがどんどん減っている!

流行に抵抗はあるくせに、科学的根拠を突きつける美容学への崇拝は自分でも引くレベルです。

彼にもよく言われる。

____そんなに気にしなくてもいいんじゃない


 そんなに気にしちゃうんだよ。

だって、好きな人が隣で歩くんだもん。

だって、好きな人が私を見つめるんだもん。

だって、好きな人とキスするんだもん。


 「ふふ」

眉間の皴がどこへやら。目じりの皴が寄る。


 通販サイトを閉じて連絡アプリを開く。

公式アカウントが今日も今日とてSALEを知らせてくれている。

それらに埋もれて彼からの言葉を見つけた。


 『えいすけ:おつー』


ああ、これだけで幸せって、私ちょろすぎないか。

バイトの疲れも、流行への苛立ちも、換気扇の騒音も全部どうでもよくなった。


「うふふ、うふ、うふ」

彼はあんまり連絡をしない。最初は戸惑ったけど、最近はバイト終わりにこうして短い言葉を送ってくるようになった。

私が流行の服を着ないで、煙草を吸う女だから、ほんとは遊ばれてるのかと不安な時もあったけど、いろいろあって、わたしのままでもいいかなって、ちょっとずつ思えるようになった。


 洗練された形ではない全て、どちらかというと暗いグレーのオーラ。

自分で切っちゃった髪型に100均のヘアゴム。

 ・・・・・・4センチヒール、グレーピンクの靴。


流行の服は良さが分からなくて嫌い。

でも流行りのファッションの子がキラキラと笑顔でいるのを見て拗ねている自分が常にいた。負けた気がしていた。

そんな嫌な自分も、最近は面白い奴と思って受け入れられてきた。


 ___そんな気にしなくてもいいんじゃない


きっと朝になって、扉を開けて、大学で分厚いヒールの子を見て、また意地悪な顔をするんだろう。


「ま、いいやん」


 自分の整理がついて安心した途端、テレビの音もも蛍光灯も消えないまま、意識が世界を遮断した。


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