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転校生という体で

「――というわけで彼女が転校生の駒井アリスさんです。みなさん仲良くするように」

 朝のホームルームで民安教諭が締めくくると、教室中がざわめきに包まれる。

 ただいま紹介に預かったアリスは臆した様子もなく、民安教諭の隣に立っていた。余裕綽々と言わんばかりにクラスメイトたちの顔を端から端まで見渡している。

「はーい、質問は私が教室を出た後で――」

「駒井さんはどこから来たんですか?」

「ちょっとそれはあとで――」

「ここから遠い場所だよ」

「親の都合ってやつ?」

「だから――」

「そうだね」

「苗字同じだけど駒井くんとは親戚か何か?」

「そうだよ、イトコなんだ」

 矢継ぎ早に質問を投げかけられるアリスは応答し、その後ろの民安教諭は最早空気扱い。投げやりに「駒井さんの席は駒井くんの隣ねー」と面倒くさそうに出て行く後姿は少し寂しそうだった。

「駒井アリスちゃんかー」

 黒板前での質問攻めにあうアリスを頬杖ついて眺めていると、隣で確認するような声が聞こえてくる。

 もちろん俺の隣と言えば木ノ下だ。

「可愛い従妹だね、一緒に住んでるの?」

「ああ。昨日帰ったらそういうことになってた」

「連絡なし?」

「ないな」

「……それは驚きだね」

 苦笑する木ノ下。

 まあ、今では瑣末なことと割り切っている。

 魔女という眉唾な話は俄かには信じがたいことだけれど、時間を遡って現在に至っていることは間違いないので納得する以外にない。

 となればアリスの素性を掘り下げることに意味はなく、俺は俺の目的を遂行することこそ最重要課題となるわけで……。

「なぁ、木ノ下」

「んー? どしたの?」

 クラスメイトたちに囲まれるアリスを遠目に眺める木ノ下の目がこちらに向く。

「悩みってあるか?」

「藪から棒だね」

 俺も唐突だとは思った。

 でも訊くタイミングなんてよくわからないし、情報は早めに集めておきたい。

 俺は首を振って、

「いや、ちょっと気になってさ」

「私って悩みありそう?」

「ないのか?」

「そりゃ私だって悩みの一つはあるよ。教えてあげないけどね」

 笑ってそう言う木ノ下に思いつめた様子はない。

 悩みがあるのかないのか。あってもどの程度の悩みなのかは判然としない。

 どうやって行動していけばいいのか……。

「何々、木ノ下ちゃん悩んでるの?」

 そこへやってきたのは稔と原西。

「ううん、駒井くんに聞かれただけだよ」

「そうよね、咲良が悩みごとなんてないわよねー」

「葉子ちゃん、それ失礼だよね!?」

「能天気なのが咲良のいいところでしょ?」

「失礼、すごく失礼だよ葉子ちゃん。あ、そういえば購買部で新作パンが出たんだってー」

「え、マジで? どんなの?」

 二人が話に混じってきたことで話題が変わる。これ以上の追及は難しいな。

 ここで下手に食い下がるのは不審がられるだろうし、一旦ここで終わりにしとくか。

 話題はすでに購買の新作パンに移り、具材や味、値段などについて話が展開している。俺は口を挟むわけでもなく、ただ耳を傾けるだけ。

 そうしているうちに見世物みたいになっていたアリスが指定された席――俺の隣へと歩いてくる。

「質問攻めというのは疲れるものだね」

 言葉通りかはさておき、疲れた仕草を見せたアリスが木ノ下たち三人へ目を向ける。

「キミたちが芳久の友人だよね。えっと……稔、葉子、咲良。合ってる?」

 順に指差していくアリスは首を傾げて訊く。

 それに頷いたのは稔。

「あ、ああ。合ってるよ」

「改めて自己紹介しようか。私は駒井アリス。今は芳久の家に住んでいるよ」

 話し方は今まで通り。

 浮かべる表情は一度も見たことのない花が綻んだような笑顔。

 俺から見たら完璧な余所行きの顔だった。

「でもどうして俺たちの名前を?」

「何、簡単なことさ」

 俺を一瞥したアリスに言いようのない不安を覚える。

 しかしてその不安は的中する。

「芳久はキミたちのことをとても大切に思っているのさ。家にいるときは専らキミたちの話題が多い」

「は!?」

「いつも孤独でいる芳久を気にかける白滝稔。世話好きで何かと気がつく原西葉子」

「お前、ちょっと待て」

 家で話題になんかしたことないぞ。そもそもお前は昨日ウチにきたばかりで食卓を囲んだ回数は二度だけだ。そのどちらも俺は話題を振ってない。黙々と食っていただけだ。

「そして木ノ下咲良は――」

「私は?」

「勉強運動どちらもダメな残念な娘」

「私だけ評価が低いんですけど!?」

「ああ、うん、そこは否定できない」

「酷い!」

 稔と原西に対しては気恥ずかしさはあるものの、おおよそその通りに思っている。

 木ノ下の評価は別のところで高いのだが、やはりそこも感想として間違ってはいない。

 なので納得して頷いてしまう。

「という感じにキミたちを大切に思っている芳久に加え、私とも仲良くしてくれると嬉しいよ」

 にっこり笑うアリスに稔と原西も笑顔で返す。

「ちょっと来い」

「どうしたんだい?」

 三人から離れた場所にアリスを連れ出し、声を絞る。

「あんまり余計なことは言うなよ」

「どうしてだい。実際に思っていることだろう?」

「だとしても、いやだからこそ気恥ずかしいんだよ」

 不思議そうな顔で見つめてくる様子はどうにもその辺の機微を理解していない印象だった。

 このへんが魔女ということなのだろうか。

「ふむ、身内をネタにして打ち解けようとしたのだが失敗だろうか」

「手段としては成功してる。でも他では使うなよ?」

「ん、わかったよ」

「それと今更だが、どうやって転校生になった?」

 親父やお袋に対しての精神操作は理解した。

 転校についてもこいつが何かしらしているのは明白だが、全員にそういう思い込みをさせているならとんでもないことだ。

「大したことはしてないよ。芳徳や千草と同じ精神操作をしてはいるけど、ごく一部の教職員にしただけ。上役に転校生だと認識・告知させれば、あとはそれに倣うのがこの国の組織というものだろう?」

「仮にそうだとして手続きとかあるだろ」

「そんなもの必要ないさ。認識されれば書類などなくともことは運ぶ。キミの従妹だと言えば親族でもない限り疑わないだろう?」

 いざ調べられても一応誤魔化せるということだろうか。それともいざというときも精神操作で、そういうものと認識させてしまうのか。

 改めて人ではないと思わされた。

「おーいイトコ同士で何話してるんだ?」

 と、顔を突き合わせている俺たちを稔が呼んでいる。

 とりあえず訊きたいことは聞けたのでいいか。

「転校生という体で過ごしているうちに馴染んでいくさ」

 不敵に、それでいて楽しそうに魔女は微笑んだ。

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