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占い師の助言

「一体どうしろっていうんだ」

 外へと放り出された俺は行く当てもなく歩いていた。

 起きたときのスウェットで外へと向かうと、慌てたお袋に首根っこを掴まれた。

 最近じゃたまの外出姿だというのに初めて見たような反応だった。促されて適当な服に着替えようとすると制服を着ろと監視されてしまった。

 おかげで制服姿とあいなった。

「この格好も卒業以来だな」

 複雑な感情が渦巻きながらも懐かしさも確かにあって、足を止めて触れてみる。

 この格好はコスプレになるのだろうか……。

 それはともかく。

 制服は特に珍しいデザインでもないブレザータイプのそれ。確か女子も同じような感じだった気がする。

 思い出すのは入学当時。ネクタイがうまく結べずに四苦八苦していた記憶がある。しかし時間と共に慣れていくもので、すぐに結べるようになった。そしてその慣れというのは簡単に忘れないらしい。数年もの時間を経てもなんなく結ぶことができたのがその証拠だった。

「それにしても変だな」

 卒業した制服をこうして着ているのもそうなのだが、どうにも妙な感じだった。

 制服などは丈夫に作られていることもあって、おろしたての制服は硬さがある。それなのに俺の着ている制服はどうにも着古されたように馴染んでいた。

 更生の計画をしていたとしても制服を体に馴染ませるのは難しい。まして他人が用意するなど体格からして容易ではないだろう。何よりこの制服の馴染み方は年単位で着続けているかのような感じは不思議だ。

「これ、そこの若者」

 息子の更生を望んでどこかへ助力を願ったのだろうか。だとしたら相応の対価を求められそうだ。物理的なものではない精神的な話ではどうにも吹っ掛けられる要因になりかねない。

「そこの思案する若者」

 自分のことであるから申し訳なさでいっぱいではある。しかしそういった手口で金を上乗せするにはいい口実だと思う。下手に大金を出していないか心配だ。

「こらこら人の話を聞かないか駒井芳久」

「ん?」

 名前を呼ばれて思考を中断する。

「やっと気づいたか」

 最初から気づいていた。ただかかわり合いにならないようにと無視していたのだが、名前を呼ばれれば返事をせざるを得ないだろう。

「いや待て。どうして俺の名前を知ってる」

「気になるのならこっちをまず見ることだ」

 やれやれと嘆息を漏らす人物へ怪訝な顔つきで見る。

「やあ」

 そこにいた人物は軽い調子で言った。

 俺を見上げるその人物は座っていた。実際には座っているかどうかはわからない。ただ布を敷いたテーブルの向こう側で頬杖をついていた。

 テーブルの上に水晶玉や筒に入った細い棒が並んでいる時点で相当怪しいのだが、更に怪しさを増すのはその風貌。黒っぽいマントを羽織り、フードを目深に被った顔は覗くことができない。声からして女と想像できるが変声期前の少年でも同じように聞こえるだろう。

 つまりは年齢不詳、性別不明、相当不審だった。

「あー、なんだ。キミ、学校はいいのかい?」

 とりあえず俺は無難な台詞を選択してみた。

「ちょっと時間がわからないけど、たぶん急がないと学校に遅刻するよ?」

 お袋が急かしていたのが実際の時間で行われた演技ならば危ない時間のはず。

 けれども目の前のフードは頬杖をついたまま笑った。

「学校? それはそっくりそのまま返すよ」

「は? いや俺はもう卒業してるし」

「ならなんで制服を着てるのさ」

「これはお袋が……いや俺のことはいいんだよ。キミこそ学生だろ。俺よりも若そうだけど」

「お世辞でも嬉しいね。でも気にしなくていいよ。そんな年齢でもないし」

 薄く笑うフードは手をパタパタと振る。

 そして、

「一応占い師って体でここにいるんだけど、どうかな?」

 どうと聞かれてもなんと返せばいいのやら。そもそも一応とか体とか言われたら何も言えなくなる。冗談なのだろうか。言われて見れば本格的な身なりと道具が揃っているといえるかもしれない。

「ここであったのも何かの縁だね。占ってあげよう」

「え、いや俺、何も持ってない」

 今更ながらに制服を着ただけで何も持ってきていない。学校へ行けといわれたが鞄も財布も持っていなかった。そもそも制服と同じく鞄だって処分しているのであるはずはないのだが……。

「大丈夫大丈夫。タダで占うから」

 タダより怖いものはないと言うのだが……。

「ふむ。人の好意は受け取っておくものだよ」

「はぁ、そうですか…………え?」

 今、この人俺の心を読んでなかったか?

「ほあ~、ちょえ~、あんちょび~」

 と、目の前でわけのわからない言葉を発してフードは水晶を捏ね繰り回している。まるで遊んでいるかのようにしか見えない。

 というかかなりふざけていた。なんちゃって占い師でももう少し真面目な動作を見せると思うのだが……。

「見えました!」

「はぁそうですか」

「あれ? 引いてる? 呆れてる? おかしいなこんな感じでやってるの見たんだけど」

 いよいよ目の前の自称占い師が危ない人なんじゃないかと思い直す。

「じゃ、俺はこれで」

「待った待った。一応占いの結果は聞いていってよ」

「それじゃ、どうぞ」

「こほん。えー、今日のラッキーからは白。女の子に呼ばれたら振り返えるのが吉――あ、これは天気予報の後にやる正座占いだった」

 真面目に聞こうとした俺は馬鹿にされているのだろうか。

 恥ずかしさに思わず頭を抱える。

「うおっほん。改めて――去りし日の学び舎に行くべし。周囲を信じられなくとも騙されてみるのも一手であると思われよ。さすれば縛られし念を解くすべにより、未来の行く末が変わるだろう。よかったね、願いは叶ったってことだよ」

「え、それって――あれ?」

 ハッとして顔を上げるとそこにいたはずのフードが忽然と姿を消していた。

「どこにいった?」

 見回してみてもどこにもいない。急いで荷物を片付けるには時間が必要だし、その様子も感じられなかった。まして今いるところは見渡しのいい場所で隠れることだってできやしない。

 白昼夢でも見ているというのだろうか。

「だとしたら俺の精神はよくよく病んでるな」

 自嘲するように口元を歪める。

 病んでいるとすれば今までの全てが幻覚なのではないだろうかとさえ思える。

 いっそ自ら命を絶てればなんて思うこともあるが勇気がなくてできない。

「まったく、情けないな」

「情けない?」

 不意な声とともに視界に入ってくる少女の顔。

「うお!?」

 思わず後ずさりして距離をとると、そこには制服姿に身を包んだ少女が一人こちらを驚いた顔で見ていた。

 そしてその顔には見覚えがあった。

「もしかして小椋さん?」

「そうだよ」

 不思議そうに首を傾げる少女はやはり俺の知っている女の子だった。

 小椋白。

 俺の家の向かいにあるアパートに母親と共に住む女の子。基本的に無口で自分から話すことは少ないけれど、自分の意思ははっきりした性格だった気がする。小柄で童顔。眠そうな目つきと肩口ほどの髪を二つに結った髪型は年齢よりも幼く見える。

「お兄さん元気がない?」

 お兄さん……そういえば今でこそ顔を合わせることはなくなったが、学生時代はそう呼ばれていたな。

 懐かしさと同時にまた違和感が襲ってくる。

「まさか小椋さんも協力してるの?」

「協力?」

 親父もお袋も小椋さんまで巻き込まなくてもいいだろ。確かに仲は悪くはなかった。むしろよかったと思う。どいうわけか俺に懐いていたから。少ない俺の交友関係に助力を願うのはわかるけど迷惑だろう。もとを正せば俺が悪いという一点が原因なのだけど。

「迷惑だったら断りなよ小椋さん」

「メイワク? 何が?」

「俺の親から何か頼まれたんでしょ?」

 苦笑して言うが、本人は目をパチクリさせる。

 どうも小椋さんは言葉の意味を理解している様子がない。

「何も聞いてない。後姿が見えたから追ってきただけ」

 小椋さんは平然とそう言う。

 すると小椋さんは何かに気づいたように目を細める。

「小椋さん?」

「白」

「え?」

「いつもは白って呼んでる。どうして今日は苗字なの?」

「どうしてって……」

 学生時代はそうだったかもしれないけど今は成人してるし、会わなくなって結構経つから気が引けるのだ。昔みたいに呼んでいいのか、と。

「いつも呼んでる」

「呼んでた、でしょ? 今はもう会ってないんだから」

「? 会ってる。昨日も一緒に登校した」

 まただ。

 また話が噛み合わない。

 どうしてみんな昔のことを今のように話すんだ?

「ところで小椋さん」

「白」

「どうして」

「白」

「えっと」

「白と呼ぶまで答えない」

 眠そうな半目が少しばかり細められる。これは本当に答えてくれないやつだった。

「わかった。けど今の俺には呼び捨ては難しいから、白ちゃんで我慢して」

「ん、わかった」

「それじゃ聞きたいんだけど、白ちゃんって何年生?」

「一年」

「じゃあ俺って三年?」

「そうだよ。白の二つ上だから」

 当然のように言う白ちゃん。

 俺は自分の表情筋が引き攣るのを感じた。

「大丈夫?」

「な、何が?」

「いつものお兄さんと違う。どこか余所余所しい」

 核心をつかれたように息が詰まった。

 まさしく俺の感じている感覚はそれなのだろう。

 知っているのに知らない世界に放り出されたかのような。この世界で自分だけが間違っているかのような。どうしていいのかわからない、どうすればいいのかわからない焦燥感に駆られている。

「うん、そうかもしれない。俺はどこに行けばいいんだろう」

 そんなことを白ちゃんに言っても仕方ないことなのに気づけば口にしていた。

 白ちゃんは少し考える仕草をしてポンと手を打ち、

「行こう」

 俺の手を引いて歩き出した。

 いきなりの行動で慌てる。

「白ちゃん、行くってどこに?」

「学校。このままじゃ遅刻する」

 大き目の制服の袖から覗いた腕時計は確かに危ない時間になっていた。

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